14 ヤングコーン
「なんの得にもならない花壇を作るより、事実今年、惜しくも甲子園出場を逃した実績ある野球部に譲ったほうがこの学校のためになるのでは?」
「い、いやしかし。花は人の心を」
「心が和やかになったとて、所詮食べられるわけでもなにかの訳に立つわけでもない。諦めて出ていけ」
堅肥りがそう言って頑として譲らないので、純恋は自分にできることを考えた。なにか怖いものがあれば逃げていくはずだ。堅肥りの怖いもの。なんだろう。
そこで、針のむしろになっている教室のことを思い出した。みんな、純恋を「一触即発トリニトロトルエン女」だと思っている。それなら、と純恋は賭けに出ることにした。
「おっはようごっざいまーすっ!!!!」
堅肥りの前にそう言って出ていく。堅肥りは一瞬たじろいだ。
「先生、きょうの部活はなにしますか?! 草むしりですか?!」
「お、おう、野々原。おはよう」
「生徒会がまた来てるんですか? ホントなんなんでしょうね! 爆発しそう!」
純恋はそう言い、きっと生徒会を睨みつけた。
「ま、ま、また来るからなっ!」
生徒会の堅肥りは、慌てて逃げ出した。
「野々原。……お前クラスでなんだと思われてるんだ?」
「さあ。机に頭ぶつけて暴れたりしてるので、ヤバいやつだと思われてるんでしょうね」
「なんでそんなことをするんだ。痛いだろう」
「痛いと、悪い自分が大人しくなる気がするんですよ」
「野々原はべつに悪いことはなんもしてないだろう。あ、きょうは菊水は休みだそうだ」
「手毬さんが?」
「うむ。体調がすぐれないらしい。心配だ」
「確かに心配ですけど、まあ理由は想像できますね」
「そうだな……でももうコロナのことは心配しなくていいとはいえ、生徒が具合悪いって言うと学級閉鎖とか学年閉鎖とか休校とか思い出して切なくなるんだよなあ」
五木先生はそう嘆いた。純恋たちにとっては小学生くらいのころの話だ。
まだ露草がこないようなので、純恋は五木先生にクレマチスの画像を見せた。
「おお、ベル咲きだ。どこで買ったんだ?」
「普通に、バイパスのところのでっかいホームセンターです。安売りになってました」
「あそこかあー! 完全にノーマークだった。そうか、なるほど」
純恋はジャージに着替えて、草むしりをすることにした。園芸用手袋をはめる。
サツマイモ畑は、元気よくつるを茂らせていた。トウモロコシもすくすく育っている。どれくらい収穫できるのだろう。そう思って五木先生に尋ねると、
「一株当たり一本だろうな。だから四本植えた。でも脇から生えてくるヤングコーンは、畑仕事した人間だけのご褒美だ。生でいけるぞ。うまいぞ~」
ということだった。トウモロコシってそんな少数精鋭なのか。そう思っていると五木先生はヤングコーンをぽきりともいで純恋に渡した。
「食べてみ。うまいから」
純恋は、恐る恐る、正直なところあんまり好きな食べ物ではないヤングコーンを、ぽりっとかじった。
「……おいしい」
初めて体験する味だった。ヤングコーンって、こんなにおいしいのか。せいぜい中華料理に入っている缶詰のヤングコーンくらいしか知らない純恋は、ヤングコーンも採れたてだとおいしい、ということに気づいて、一本をあっという間に食べてしまった。
「おはようございまーす」
向こうから露草が現れた。五木先生はもう一本ヤングコーンをもいで露草に渡す。露草も、わりとおっかなびっくりの調子で皮を剥き、一口かじった。
「うお……うま……」露草は震え声でそう呟いた。
「な? ヤングコーンは畑仕事するもんだけのご褒美だ。うまいよな。先生も子どものころ家の畑を夏休みに手伝って、ご褒美に食うのが楽しみだった」
「夏休みに畑の手伝いですか」露草が真面目な顔をして五木先生を見る。
「そうだ。先生の実家はまあ、いわゆる豪農ってやつだったんだ。広い畑と田んぼがあって、倉庫には農機具がしまってあって……みたいな。その畑の仕事を手伝ったり、畑だけでなく家の前のだだっ広い庭に植える花を選んだりしてるうちに、園芸オタクになっちまった」
そう言って五木先生は真夏の青空を見上げた。
「……菊水の体調がよくないって聞いたんだが、凛堂、お前んちわりと近所だよな」
「あ、はい。そうですね」
「ヤングコーン届けてくれるか? 菊水だってうまいもん食いたいだろ。……でも採れたてがうまいんだよな。どうしよう。あ、先生はちょっくらフジノヤにおやつ仕入れに行ってくる」
そう言って五木先生は学校のすぐ近くのスーパーマーケット、フジノヤに向かった。
五木先生がいなくなったのを確認して、露草が肩をすくめた。
「手毬、具合がよくないっていうのは真っ赤なウソなんだよね。お父さんの仕事の手伝いで、エラい人の講演会のテープ起こしのアルバイトしてる。内職ってやつ」
「な、内職……」
「そういうことしないと手毬の多肉欲にお財布がついていかないから。これ先生にナイショ」
露草は雑草をひきむしりながらそう言った。確かに、花や多肉植物をせっせと買うとなると、やはりアルバイト禁止のここの校則はすこし厳しい。
「内職してなにか買うんでしょうか」
「うん、ハオルチア・オブツーサポチるって言ってた。なんか安いネットショップ見つけたらしくて。オブツーサはハオルチアでも特に人気の品種で、キラキラしててきれいなんだよ」
「ハオルチア・オブツーサ……」
純恋はさっそくスマホで検索してみた。宝石みたいな多肉植物が出てきた。
確かにこれは欲しくなる気持ちも分かる。というか欲しい。こんなきれいな多肉植物、夢みたいだ。でも植物ってネット通販で買えるものなのだろうか。
それを素直に露草に尋ねる。
「あちこちの通販サイトで売ってるよ。多肉植物ならカット苗だったり抜き苗だったり鉢だったり。花だって買えるし種から取り寄せもできる。種は難しいからオススメしないけれど」
なるほど。ネット通販という手があったのか。
その日も楽しく部活をした。結局、ヤングコーンは働いたものだけのご褒美、それに採れたてでないとおいしくない、ということで、手毬のところに届ける話はナシになった。
純恋はアパートに帰ってきて、さっそくショッピングサイトを眺めてみることにした。
なるほど、確かにいろいろな植物がネットで買えるようだ。これは興味深い。
ホームセンターではなかなか見ないようなレアな植物も買える。タンクブロメリアというカッコいい植物を見つけて改めてググってみると、昔テレビで放送されたらしい、タンクブロメリアひと株にどれくらいの水が溜まっているのか、という動画が出てきた。
ざばあー、と、タンクブロメリアをひっくり返すと、でかい水槽に大量の水が流れ込んだ。
文章を見る限りではエアープランツと遺伝子的にそう遠くない植物なのに、ぜんぜん生態が違う。純恋は思わず「ほえー」と声を出した。
他にも、見たことのない花や多肉植物が、たくさん売られていた。またしても純恋は「ほえー」という声を上げた。すごいなあ、植物。
そう思っていると、ふいに玄関チャイムが鳴った。
純恋が出ていくと、太喜雄さんだった。太喜雄さんは手になにか鉢を持っている。
「純恋ちゃん、元気してたか?」
「あ、はい。まあそれなりに」
「これいらないか? 金のなる木の珍しいやつ」
太喜雄さんはそう言って鉢を純恋に渡してきた。確かに金のなる木の仲間であることはわかるが、普通にその辺で見るのとは雰囲気が違う。
「どうしたんですかこれ」
「いやあ、うちの婆さんがもらってきて。置き場もないんでな」
「もらっていいんですか?」
「もちろんだ。純恋ちゃんなら欲しがるかと思って持ってきたんだ」
それから、と太喜雄さんは紙袋を手渡す。
「これうちの畑で採れたトマトとナスとキュウリとオクラな。うまいぞ」
「ありがとうございます」
「じゃ、なんかあったら連絡くれ」
と、それだけ言って太喜雄さんは帰っていった。トマトとナスとキュウリ、それからオクラの入った袋を開ける。これだけあればしばらく野菜を買わないで済むかもしれない。
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