クレマチス

11 ホームセンター

 中間テストの結果が廊下に貼りだされて、純恋はそこそこいい成績を取っていることがわかった。その日、よっしゃ、と純恋はガッツポーズをした。


相変わらず教室は針のむしろなのだが、これをこらえれば部活と念じて一日過ごすようになった。

昼休みも、園芸部のメンバーで集まっておしゃべりできて、純恋は嬉しいなあと思った。


 園芸部のおしゃべりの題材はだいたいイモが楽しみだねーということだ。サツマイモは大昔からの女子の大好物である。イモが楽しみな話をしたあとは、なにか花を育てたいね、という話になる。それがお決まりのパターンで、それもまた楽しかった。


 近所のお年寄りが、面倒を見きれなくなった、と花を持ち込んできたこともちらほらあって、純恋はまさに花盛りの真っ白いビオラの鉢植えをもらっていた。本来なら秋冬に出回る花で、この季節に手に入るのは珍しいのだという。


 さて、中間テストから一週間くらい経って、少しずつ、太陽がしんどい季節がやってきた。

手毬が家から持ってきたサボテンのうちの一つから、アスパラのような茎がニョキニョキ伸び始めていて、どうやらこれは花芽らしい、と手毬は言う。


「ペンタカンサの花見るの始めてなんだあ。早く咲くといいなあ」

 と、手毬はニコニコしている。あのサボテンはペンタカンサというのか。純恋の頭の中に展開されている植物図鑑に、「ペンタカンサ」が書き込まれた。


「わたしはクレマチス育てたいなあ」と、露草は言う。クレマチスというのはなんとなく見たことがある気がして、純恋は「クレマチス」で検索してみた。ああ、これなら知っている。テッセンっていうやつだ。調べていくと、いろいろな咲き方のものがある。


 クレマチスには、平べったい花だけでなく立体的なチューリップのような花もあるようだ。たぶん露草が欲しがっているのはこういうやつなんだろう。純恋はそう推理した。


「クレマチスかあ。いいんじゃないか。自費で買うことになっちまうが……」


「それなんですよね~~~~!!!!」

 露草が唸る。花の苗や栽培に必要なもろもろは自費で買わねばならないのであった。


「アサガオだったら理科の角屋先生に分けてもらった苗があるんだが」


「アサガオですか……あれ、めっちゃはびこりません? 花がしおれると気持ち悪いし」

 露草がそうアサガオの偏見を述べる。五木先生が難しい顔をして、

「アサガオは歴史のある植物だぞ。江戸時代に大ブームになったんだからな」

 と答えるものの、露草が植えたいのはクレマチスで揺るがないらしい。


「いまは令和ですよ五木先生。アサガオなんて小学生じゃないんだから」

 露草は早口で言う。たしかにアサガオは小学生のとき、たまたま日本にいたころに育てた記憶があるが、純恋の鉢だけ芽が出なくて先生に恵んでもらった悲しい記憶が脳裏をよぎる。


「とにかくクレマチス欲しいんですよ。次の日曜にホムセンいきましょうよ」

 露草のゴリ押しで、次の休みにみんなでホームセンターに行くことになった。ホームセンターをホムセンというのに純恋はちょっと違和感を覚えたが、まあすぐ慣れるだろう。


 休日、市内にある「ウルトラグリーン」というご当地密着型のホームセンターに、五木先生の車でやってきた。徒歩でいくのはちょっとしんどい距離だったからだ。五木先生の車は古い軽自動車で、車内の設備もなんとCDプレイヤーとラジオくらいしかないという時代に逆行するような車だ。久々に公共交通機関でない車に乗って、純恋はワクワクしていた。


「すまんなぼろ車で」と五木先生は詫びる。まあ、歩いていくよりはマシなので大丈夫ですよと答えた。手毬と露草も同じ感想のようだ。

 その日はやたらと太陽がビカビカしていた。この街は盆地なので、冬は東北らしく大雪が降るしすごく寒いが、初夏のころはたまぁに全国一の気温の高さを叩き出すことがある。その日曜はまさに、そういうやたらとあっつい休日だった。


 この「ウルトラグリーン」というホームセンターは、以前純恋が一人でいったチェーンのところより植物やガーデニング資材に力を入れているらしい。熱帯魚コーナーも広くて、ご当地密着だからできる商売をしているようだ。そういうわけで昔から羊歯高校園芸部御用達らしい。


純恋は店内を見渡した。確かに花のコーナーは前に一人で行ったホームセンターよりずいぶん充実しているし、見たこともない珍しい多肉植物も売られている。


「ハオルチアだあああああ!!!!」手毬が絶叫寸前の声を上げて多肉植物のコーナーに走っていく。ついていくと、透明でキラキラした、ガラス細工のような多肉植物が売られていた。


「これ、ハオルチアって言うんだ」


「うん! こんなきれいな見た目だけど手入れはすごく簡単なんだって! いいなあ欲しいなあ……五百円……買って買えないことはないな。でも高いなあ」


 手毬は目を、ハオルチアのごとくキラキラさせてハオルチアを眺めている。そんなに欲しいなら買ったらいいのに……と、純恋は思ったが、部費は下りていないので自分の小遣いから花の代金を捻出しなければならない。それはなかなかにキツいことを、純恋はラナンキュラスとアネモネで痛感していた。買ったら鉢植えでなくポット苗で、植木鉢を買ってくるという労力とお金がかかってしまったのである。


 羊歯高校は基本的にアルバイト禁止の学校だ。許可されているのは早朝の新聞配達と正月の年賀状配りのみ。そういうところの生徒だ、お小遣いは乏しい。


 五木先生の姿が見えないのでちょっと探してみると、モジャモジャのエアープランツを、指をくわえてじいっと見ていた。あんなモジャモジャしたやつ、高いだろうな……と思っていたら、案の定八千円と値札がついていた。とてもじゃないが現状の園芸部では手が出ない。


「せんせー、そんなものすごいチランジア買えるわけないじゃないですかー。パイナップルのヘタがせいぜいですよー」

 手毬がいう。エアープランツってチランジアっていうのか。そしてパイナップルのヘタって育つのか。さらにパイナップルってエアープランツの仲間なのか……。


「うむ……凛堂はどこいった?」


「外売り場じゃないですか?」

 ようやっとエアープランツを諦めた五木先生と、手毬と、三人して外売り場に向かう。


 露草は、外売り場に置かれていたカリブラコアとかいう花を、もの欲しそうな顔で眺めていた。そんなに高いものではないのだが、やっぱりポケットマネーから出すと思うと躊躇してしまう。


「うう……カリブラコアちゃん……くぁいい……」


「カリブラコアか。寄せ植えや花壇にピッタリのやつだな」


「寄せ植えなんて可哀想ですよ! ひとつの鉢に植えてあげて延々とニヤニヤしながら眺めるのが楽しいんですから!」


 露草が小声早口でそう言う。寄せ植えが可哀想という発想がよく分からない。多肉植物なんかは寄せ植えの状態で売られているものもあるではないか。それを素直に口に出す。


「寄せ植えは人間目線だと見栄えはいいけど、だって考えてみて。気が合うかわかんない他人、他草? と一緒の鉢に無理矢理植えられて、気が合わない他草とおなじ扱いを受けるんだよ」

 露草はそう言って説明した。……なるほど……。


「多肉植物だって固まる土に植えられてたりするんだよ~。可哀想」手毬が嘆く。


「固まる土?」


「ほら、こっちこっち」と、手毬に袖口を引っ張られて室内売り場に戻る。手毬が見せてくれた多肉植物の寄せ植えは、コチコチの土に植えられていた。


「これが固まる土。そのまま水をやると根がノリで痛むんだぁ。可哀想に」

 なるほど。確かに可哀想というのは理解できた。


「で、問題のクレマチスはどうなってる」

 と、五木先生が言う。みんなで外売り場に出ると、結構立派なクレマチスの苗が売られていた。ベル咲きというんだったか、かわいい形のやつはさすがになかったが、それ以外ならいろいろな色のクレマチスがさまざまに売られていた。


「こういう、オーソドックスなテッセンって感じのやつが好きなんですよね」


「まさにテッセンって感じのやつかあ。ベル咲きとか欲しがるもんだと思ってた」


「ベル咲きも悪くないんですけどね、クレマチス元来の魅力というのはテッセンタイプが強いと思うんですよ。個人の意見ですけど」

 露草がクレマチスを比べている。ふつうの花なのでさほど高くはない。


「葉っぱがよく茂って枯葉が少なく、花と花芽がたくさんついたやつ……これかな」

 と、露草は買う鉢を決めたようだった。

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