10 「生徒会長は、花が嫌いです」

 つまり純恋は、選んだなかから排除される人間でしかなかったということか。

「そん……な」

 純恋の心臓が激しく脈打つ。じわりと嫌な汗が浮いてくる。


「岩見氏、それはあんまりではござらぬか。野々原氏は岩見氏を友達だと」

 一子は露草を完全に無視して、露草のセリフを最後まで聞かずに、

「とにかく、生徒会の決定は覆らない。部活動を続けたければ、自費で部活に必要なものをそろえろ、と生徒会長は言っている」

 と、園芸部に言い渡した。


「ちょっと待ってよ岩見さん! なんで?! なんで部費が出ないの?! せめてその理由だけでも教えてよ!」


 さすがに強キャラの手毬がそう叫ぶと何も言わないことはできないらしく、一子は眉根を寄せて、

「生徒会長は、花が嫌いです」

 と一言そう言った。そしてきれいな姿勢でくるりとUターンすると、すたすたと去っていった。


「まじかあ……」と、五木先生が大きなため息を吐き出した。


「先生、マルチとかサツマイモの苗とかトウモロコシの種とか、高くなかったですか」

 純恋が心配して五木先生に尋ねる。五木先生は、

「あーそれは問題ない。どれもさして高いものじゃないから大丈夫」と答えた。


「部費が出ない……かあ……」手毬がため息をつく。


「手毬のことだから部費でコーデックスに挑戦するつもりだったんでしょ」


「露草それはあんまりだよ~。さすがにそんなことはしないよ」


「コーデックス?」


「塊根植物のこと。パキポディウムとかが代表格」と、手毬はスマホでSNSを見せてくれた。いいね欄には、なにやら異様な風体の植物が並んでいる。


「インスタで見るだけで満足するしかないんだよねこれ……実物の値段やばいから」


「……あ、そうだ。ふたりの連絡先教えてほしいです」

 スマホを見て純恋は連絡先のことを思い出した。楽しい話のできる仲間ができたらいいな、と、そう思ったのだ。


 ふたりとも快く、メッセージアプリの連絡先を教えてくれた。

 純恋は、一子が友達でなくなってしまった悲しみと、新しい友達ができた喜びで、なんというか情緒が乱高下していた。


 とりあえずきょうの部活は、ココアなしで終了した。トウモロコシやサツマイモが上手く育ったらどうやって食べようかな、と思いつつ帰路につく。


 家に帰って、また大の字になって畳にころがる。わりとささくれた古い畳だ。


 一子はもう友達ではないということが、今一つ理解できないでいた。

 でも、一子が「園芸部はやめて生徒会に入るべき」と言った意味を反芻する。生徒会長は一子の兄で、一子は兄に言われて純恋を友達から切り捨てたのだ。であれば、生徒会に入れば、純恋はまた、一子の友達になれるかもしれない。


 でも手毬と露草は、もう立派な純恋の友達だ。


 初めて依存しなくていい友達ができたのだ、一子に依存しなおす必要はないんじゃないか。


 純恋はむくっと起きて麦芽飲料を作って飲んだ。夕飯はどうしよう。買い物に行く元気はなかったので、とりあえず戸棚を漁ると袋めんが出てきた。それを煮て、玉子を投入して食べた。ふつうの味だ。


 ……そろそろシーズン終わりだけど、アネモネかラナンキュラス、買おう。他にもホームセンターにはいろいろな花があるし、羊歯高校の園芸部に、と花を持ってくる人もいるらしい。


 そんなことを考えて、ふと純恋は小さいころからの宝物をしまってある箱をあけた。

 中学のころ一子からもらったしおりが出てきた。宝物だったので使わず取っておいたのだ。

 それにはスミレの押し花がラミネートされていた。一子が花を嫌いだ、と思っているとは思えなかった。あるいは、花が嫌いだから、このしおりを押しつけてきたとかなんだろうか。


 一子は読書家で、純恋が見ても読む気が起こらないような分厚い本を平気で読む子だった。

 だれよりも努力家で、だれよりも勉強熱心で、それでいてユーモアを忘れないのが、一子だった。それが、高校に進学したとたん、まさに生徒会の犬になってしまった。


 なんでだろう。純恋には分かりかねた。

 とにかくその日はテスト明けだったので、とりあえず宿題などはなく、自己採点してから寝た。明らかに平均以下になると思われる科目はないようだった。安心して、布団にくるまる。


 特に夢は見なかった。あるいは覚えていなかったのか。


 次の日の土曜日、純恋は朝食を食べて、部活に行く支度をした。

外はすごく気持ちのいい晴れ。まさに五月晴れというやつだ。


 きょうは寒くないから、夜になってから取り込めばいいかな、と出かける前にマーガレットをベランダに出した。洗濯物もあとで干しておこう、と、洗濯機にいろいろと放り込んで回しておいた。純恋の部屋にある洗濯機は、前述したとおりリサイクルショップで買ってきたもので、乾燥機能の調子がいまひとつよくないのだった。


 純恋は学校に到着して、いつもの活動場所に向かった。五木先生はいない。手毬と露草が、簡易温室のカバーを外している。


「おはようございます」


「あ、純恋ちゃん。おはよー」


「純恋さん、おはよう」


「それ、カバー外しちゃうんですか?」


「うん、きょうは夏日の予報だから、多肉の一部が暑さで枯れちゃう」

 手毬から予想外の一言が出た。多肉植物は砂漠の植物だから、暑いのは平気なのではないだろうか。

 でもよくよく考えると、砂漠というのは日本とはだいぶ気候が違う。暑いが乾燥しているので、日本の蒸し暑い感じとは違うのではないか。そこを言うと、

「そうなんだよー。リトープスとかは風通しが悪いとすぐ腐っちゃうから」と、手毬は腕でマルのジェスチャーをしてきた。


「シクラメンもそんなかんじ。夏乾いて冬湿った土地の植物だから、夏は湿気で腐る」


 そう言って露草はシクラメンをカワイイカワイイし始めた。


 露草はこうやって植物を偏愛しているわけだが、しかしそれはいわゆるオタクの人がアニメのキャラクターを偏愛するのとベクトル的には同じなんじゃなかろうか。

 そういう話をしていると、五木先生が不機嫌な顔で現れた。


「先生、教頭先生はなんて?」露草が五木先生に訊く。五木先生は、

「わが校は『自律』をかかげているので、部費や文化祭の費用はなるべく生徒会に運営を任せたい、と言われた。つまり決定してしまったことだ、とも」


「自律だけじゃなくて友愛って言ってるじゃないですかー! やだー!」

 手毬のげんなり顔のセリフに、五木先生は肩をすくめた。


「そうだ。そこを押したがダメだった。しょうがない、『挑戦』するしかないな。サツマイモが育ったら無人販売でもするかあ」


「無人販売ってよく農家のひととかがやってるやつですか。あれタダで盗んでく輩がいたら商売にならなくないですか」と、純恋は呆れた口調で言った。


「まあそれもそうだな……さて、草むしり始めるぞ」


「おー!」

 園芸部員三人はジャージに着替えた。五木先生がガーデニング用の手袋を貸してくれた。


「百均で買えるからジャストサイズのやつ買っとくといいぞ。先生は手が小さすぎる」


 純恋は小さめのガーデニング用手袋をどうにかはめて、雑草をむしり始めた。やってみると案外楽しい。なにやら芽が鎌首をもたげている植物を見つけて、スマホで調べてみると「ヤブカラシ」であることが分かった。庭や畑を覆って枯らしてしまうつる植物だ。

 それも容赦なしでぶちぶち引っこ抜いていく。


 汗をかきながら、頑張ってたくさんの雑草をむしった。むしってもむしっても生えてくるというのはなかなか生命力があってよろしい、と、なんとなく思った。


 ネモフィラの花壇に生えてきた雑草もむしる。草むしりってこんなに楽しいんだ。

 昼くらいまで草むしりを中心に活動し、園芸部は解散になった。簡易温室は五木先生がビニールをかけておいてくれるらしい。


 純恋は、初めて高校を、面白い、楽しい、と思った。

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