7 園芸部

 色とりどりの砂利のように見えたのは、何らかの植物の芽のようだ。

「種から育てるのを実生っていうんだよ。きれいでしょ。家から持ってきたんだ。家には置き場所がないから」


「置き場所がない……ってどれくらい集めてるの手毬さん」


「んー、数というか、あたしの家ふっるい日本家屋でさ、日当たりのいい場所がまるでないんだよね。あたしの部屋なんかほぼ太陽当たらないし、簡易温室買うお金もないし……まあ夏になったら涼しいところで風通しよく育てなきゃないから、旧校舎最適じゃん! と思って」


 なるほど。これが育つとどうなるんだろう。


「育つとこうなるんだよ」と、手毬が棚の、キノコっぽい植物を指さした。

 純恋は自分でも下品だと思ったが、思わず声を上げた。


「尻じゃないですか!」


 手毬は笑った。笑いすぎてお腹が痛い、という顔をしている。

「そう尻! そして尻の穴から花が咲く!」


 手毬は制服のポケットからスマホを取り出して写真を見せてくれた。リトープスの花は、確かに尻の穴から、めでたくぽかぁんと咲いていた。

 それもキテレツな見た目から想像できない、白い菊のような清楚な花だ。


「え、これこんなかわいい花咲くんですか?!」

 純恋は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「そうだよ。リトープスはメセン類だからね。メセン類の花はだいたい可愛いんだよ」


「め、メセン類……?」ぜんぜん知らない言葉だった。


「まあその辺はおいおい。で、こっちのが露草溺愛のシクラメンちゃん」

 そう言って手毬は鉢植えを示した。葉っぱだけになったシクラメンが鉢植えで置かれている。


「拙者の家も日当たりがあんまりよくなくてですな。じゅうぶんな日当たりが確保できなかった結果、花が咲けずに葉っぱだけになっちったでござるよ」


「でも露草さんは、本当にこのシクラメンがかわいいんですね。わたしなら葉っぱだけになったら諦めちゃいそう」


「葉っぱが生えてくるということは生きているということですからな。次の冬に花が咲くことを期待しているんでござるよ。シクラメンは世話するコストがかかるから、毎年買い替えるほうが安上がりなんでござるが、そんな可哀想なことできないでござる」

 露草の、思いがけず優しい性格に、純恋はちょっと感動した。


「ふひひ……シクラメンちゃんは葉っぱだけになっても可愛いでちゅねえ……」

 その感動をぶち壊すセリフを発する露草を見て、純恋は幻滅した。


「露草は本当に花が好きだよね」


「そりゃ祖母からの遺伝でござるよ」

 露草の祖母がどんな人物なのか気になったが、とりあえず五木先生に案内してもらい、純恋は花壇を見に行った。


 旧校舎前にある花壇には、それこそ可愛らしい清楚な青い花が咲いていて、純恋はそのたくさんの花をぼーっと見た。

「今年はネモフィラを中心に青い花でまとめたんだ。青春! って感じがしてなんかいいだろ」


「ネモフィラ。ああ、小学生のころ家族でネモフィラがいっぱい咲いてる観光地に行ったことがあります」


「観光地って、お前さんらが小学生のころはコロナ禍真っ只中じゃないのか?」


「……うちの父は、あんまり怖がってなかったので。ウレタンマスクつけてるタイプのおじさんでした。でも結局だれもコロナにかからないで済みましたけど」


「そうなのか。そいつは幸運だったな。あのころは黙食とか部活中止とか、いろいろあったからな……」


「え、そんな昔から先生やってるんですか、五木先生」

 純恋がそう言い放つと、五木先生は「ぐはっ!」と叫んでのけぞった。


「五木先生これでも余裕で三十路なかば過ぎだからね」

 と、手毬のいらないフォロー。


「ええ?! 先生なりたてとかそんな感じだと思ってました!」


「うぐう……年齢に合う見た目になりたい……そしたらもうちょっとモテるはずなのに」

 五木先生はどこからどう見ても子供なのであった。


 さて、園芸部をいろいろ案内してもらい、純恋はなんとなく心がワクワクしていた。

 花にかぎらず、葉っぱすら愛するこの人たちは、信用して、信頼していいのではないか。

 純恋はそう考えて、でもな、とちょっと二の足を踏む。


 一子のいないところでうまくやっていく自信がなかった。純恋は中学のころ、一子のあとをずっと追いかけている子だった。それはある意味依存で、高校生になってクラスが分かれて、それで一子は関係を解消したかったのかもしれない、と思った。


 母親と前に会ったときのことを思い出す。

「キャリアの形成には新しい仲間とつながることや新しい仕事に挑戦することが不可欠なのよ」

 と、純恋の母――娘に花の名前をつけるとは思えない、バリバリのキャリアウーマン――は言っていた。


 正直、キャリアの形成とか言われてもよく分からない。


 でも、なにか新しいことを始めて、メンタルが一子に頼りっぱなしだった日常から脱却する必要がある。もう一子は、おそらく純恋の友達ではない。

「どうした?」

 五木先生が聞いてきた。純恋は少しあうあうしてから、

「あの。連休明けまで、園芸部に入るか考えていいですか」

 と、五木先生に言った。五木先生はぱあああと表情を輝かせて、

「もちろんだ。でも六月までに頼むぞ」

 と、男っぽい口調で言った。こういうしゃべり方をするからモテないのではなかろうか、と純恋は思った。


「ジャージ、火で乾かしたら着干しできるくらいまで乾いたでござるよ」

 露草がジャージを渡してきた。純恋はあわてて露草のジャージを脱ぐ。


「露草さんのジャージ、洗濯すればいいですか?」


「べつに構わないでござる。どうせ毎日洗濯して毎日乾燥機にぶち込まないと毎日の仕事に追いつかないでござるゆえ」

 乾燥機。それはちょっと羨ましい。純恋の部屋にあるのはリサイクルショップで買ってきた、かろうじてドラム式のぼろぼろのやつだからだ。


「もし興味があるなら明日からの活動に来てくれても構わんぞ。あと来るときはジャージじゃなくて制服のほうがいい。中学生じゃないんだから、ちゃんと街を歩くときは制服でな」


「わかりました。きょうはすみませんでした」


「いやいや。マーガレット、助かるといいな!」


「あ、ありがとうございます……!」

 純恋は、とりあえず帰ることにした。昼ご飯を用意しなければ。


 アパートに帰ってきて、純恋はまずジャージを洗濯機に放り込んだ。

 下着まで湿っていた。全とっかえする。


 マーガレットを窓辺に置き、純恋は植木鉢の受け皿がないことに気付いた。食器棚から、正直使い道のない食器を取り出して受け皿にした。


 雨に当たって寒かったので、風呂を沸かしてとっぷりと浸かった。とりあえず寒さはなくなった。

 昼ご飯なんにしよう。


 純恋は冷蔵庫に入っていた、余ったご飯とレトルトの牛丼を食べることにした。電子レンジでご飯を温め、レトルトを湯煎にかけて、ご飯にぶっかけて食べる。おいしくない。


 一緒に飲んだココア、おいしかったなあ。

 テレビをつける。大して面白そうな番組はやっていない。


 マーガレットの、かろうじて生きている葉っぱだけ残った鉢を見る。これも記録しておこう。スマホのカメラでカシャカシャやる。手ブレしてしまった画像を削除しようとカメラロールを開くと、一子と一緒に撮った写真が出てきた。


 そうだ、中学の卒業式までは、確実に友達だったんだ。

 わたしが、一子に依存しすぎたから、一子はわたしを避けてるんだ。


 一子と友達をやめてしまったのが、ひたすらに悲しかった。しかし、これからこんな変な奴と仲良くしてくれる人が、果たしているだろうか。


 なんだか猛烈な悲しみが打ち寄せてきて、純恋は大きな声で、

「助けて!」

 と叫んだ。癇癪が確実に爆発したのだと自分でも分かった。

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