4 大型連休

 さて、明日を乗り切れば大型連休でおよそ一週間の休みだ。

 グミをかじりながら渋滞情報や新幹線の混雑状況でも眺めるか。


 初めての、完全に独りぼっちの一週間。想像するだけでなんとなく不安になった。なにか楽しく過ごす方法はないだろうか。純恋はゲーム機でも買えばいいのかな、と思ったけれど、ゲーム機を買う予算なんか一銭もないのであった。


 かと言ってスマホでソシャゲとかいうのを始めるのもなんとなく面倒だ。仲間を募ったりチームに入る入らないの争いをするなんて果てしなく面倒でしかない。

 なにかいい暇つぶしの方法ないかなあ。そんなことを考えながらテレビをザッピングする。田舎なので民放が三局しかない。


 なんでこんな田舎にあの名門校があるのか、ひたすらに謎だ。

 ふつう国会議員を輩出するような名門校って東京にあるもんなんじゃないの? と純恋は考えるが、そういう高校に入ることができて授業についていけるのだからまあいい。


 父についていってロンドンで半端なハイスクールに入学して、ジャップ呼ばわりされることを思えば全然マシだ。純恋は黄色人種が嫌われているのだとなんとなく思っている。


 テレビを見ても大して面白い番組はやっていなかったので、さっさと風呂に入ってさっさと寝ることにした。風呂場はぼろっちいタイル張りで、石けんトレイを持ち上げたらその下からゲジゲジさんがコンニチハして純恋は思わず悲鳴を上げた。


 ゲジゲジみたいな不快害虫が出るのは由々しき事態だ。大型連休はホームセンターにゲジゲジ防除の薬を買いに行こう。純恋はそう決めて布団に入った。


 次の日は、連休前なので注意事項の連絡や課題の配布で一日終わった。ヘタしたらそのへんのバカ校の夏休みの宿題くらいあるんじゃないかという量の課題が一週間分として出た。


 担任の先生はプリントを配りながら言う。

「これが部活の休み期間の活動計画書です。大型連休中も部活はありますので、ちゃんと練習なり研究なりして前に進みましょう」


 ほとんどの部活が、大型連休のあいだも活動しているようだった。文化部もそうだ。

 ああ、部活に入っておけば、退屈な連休を過ごさないで済んだのか。


 純恋は後悔した。不快害虫を防ぐ薬を買ってくることで潰せる時間なんてたかが知れている。


 でも入りたい部活があるわけではないのだった。しいて言えば園芸部が楽しそう、くらいの感じ。

 純恋はくたびれた気持ちで、連休前の一日を過ごした。連休明けにはさっそく定期テストが待っている。テスト期間は二週間だ。ちゃんと勉強しなきゃ、と思ったけれど、勉強以外の息抜きが何一つないという現状に、純恋は心の底からげんなりしていた。


 スマホのネットテレビでアニメでも観る? それもなあ。

 たたみの上で大の字になって天井を眺めた。とりあえず不快害虫をなんとかしよう。


 連休初日、純恋は自転車を漕いでホームセンターに向かった。全国展開チェーンのところだ。

 農繫期らしく、作業着の人もけっこういる。五月の連休が終われば田植えの季節だ。


 害虫退治の薬をいろいろ眺めて、とりあえずそこそこ効果もありそうで比較的リーズナブルなやつをカゴにいれた。

 でもそれだけではせっかく自転車でホームセンターまで来たのがもったいない。ペットコーナーを見てみようと思ったら小さい子供を中心に家族連れでガヤガヤしていた。犬も猫も迷惑そうだ。かわいそうに。それにそもそもアパートあおい荘では小鳥すら禁止である。


 じゃあ何を見ればいいんだろう。純恋は顔を上げた。

 広いグリーンコーナーが目に入った。鉢植えの花や、よく分からないが多肉植物とかいうやつ、サボテン、そういうものが広々と展開されている。思わずそちらにふらふらと近寄っていってしまう。


 花は好きじゃないと思っていたが、こうして見てみるとかわいい、と、即落ち二コマみたいなことを考えて、純恋は自分に少し呆れた。

 グリーンコーナーでは、見たことのない珍しい花がいろいろ売られていた。いや、そもそも純恋は花というものの認識が幼稚園で止まっている。そんな純恋が、アネモネだラナンキュラスだゼラニウムだ、と花を見ても、それがどんな花なのかまで理解できない。


 かわいいけど、買っても枯らすだけだから。きっと世話も難しいんだろうし。

 純恋はそう言い訳して、文房具のコーナーに向かった。ちょうどシャーペンの芯が終わりそうなのを思い出して、HBのシャーペンの芯をカゴに入れて、レジを通した。

 心のなかにすきま風が吹いている気がした。あの、らなんきゅらす? とかいうの買えばよかったんだろうか。とにかくアパートに帰ろう。自転車でアパートに戻る。


 テレビをつけると、故郷や行楽地に向かう下りの高速道路や新幹線がめちゃめちゃ混雑している、というニュースを流していた。それを聞きながら、純恋は風呂場に薬を設置した。

 まあテレビで混雑の様子をみても自分で行楽地に行けるわけでなし。テレビを止めて、昼ご飯を作ろうと冷蔵庫を開けるものの、大して食材は入っていなかった。


 純恋は、がっくりと肩を落として、また自転車で出かけることにした。フジノヤの駐車場は、遠くのナンバーの自動車がひしめいていて、よくまあこんなに集まったもんだ……と、純恋はむしろ感心した。


 フジノヤで冷凍食品のパスタだとか野菜だとかを買う。一人で食べるようになって純恋は少し瘦せた。元から痩せていたから瘦せたというより貧相になった、という感じだ。


 食材をカゴに入れて、純恋は花のコーナーにふらふらと向かった。


 なにか花が欲しいと思った。


 いままでずっと、園芸部がどうだ、とか、ホームセンターの花売り場できれいだなあと思ってしまっただとかで、心のポイントカードが埋まってしまったに違いない。

 さすがにスーパーの花売り場だ、ホームセンターで見たような変わった花は売られていない。きょときょとと見渡して、目に入ったのはみるからに可憐なマーガレットの鉢植えだった。


 マーガレット。


 白い花びらの、清楚で、少女漫画の背景に描かれていそうな佇まい。

 値段を見る。三百円と書いてある。


 これならグミ二袋を我慢すればふつうに買える。植木鉢だってついている。マーガレットならさすがに知っているので、簡単に枯らすこともなかろう。


 そう思って、純恋はマーガレットをカゴに入れてレジを通した。自転車の前カゴに、マーガレットと食材を詰め込んで、純恋は少し気分よくアパートに戻った。


 昼ご飯に、冷凍食品のパスタをレンチンしながら、マーガレットをぼやーっと眺める。

 かわいい。

 純恋はスマホのカメラをマーガレットに向けた。カシャカシャ撮る。アングルを変えて何枚もカシャカシャ撮る。


 置き場所ってベランダでいいのかな。たぶん大丈夫だよね、もう五月だし雪なんか降らない。純恋はマーガレットをベランダに置いた。ちょうどそこで電子レンジからちーんと音がした。純恋はその古い電子レンジ――きょうびちーんと鳴る電子レンジなんてなかなかない――から、おいしそうに調理された冷凍パスタを取り出し、フォークで巻いてぱくぱく食べた。よくあるトマトソースパスタだけれど、おいしい、と食べた。


 なんとなく、心が晴れやかだった。

 すごいなあ、お花って。

 純恋はパスタを食べ終えた食器を洗い、スマホで花の画像を検索して遊んだ。


 ラナンキュラスという名前を思い出すのに苦戦して、それでもなんとか思い出して検索してみれば、なんと花びらに蝋をかけたようなつやつやのやつがあるらしい。そんな珍しいの、この田舎じゃ手に入らないんだろうな、と純恋はうっとりため息をついた。


 アネモネでググると、花の名前がギリシャ神話からついていることが分かって、そんな大昔からアネモネという花はあったのかあ、とちょっと感動した。フクジュソウもアネモネの仲間、と、よく正月に飾られているおなじみの黄色い花の画像も出てきて、思わずニコニコする。


 とにかく花の画像をひたすら眺めて、大型連休初日が終わりかけたので、純恋は慌てて宿題を始めた。なんとかきょうのノルマを終えるころには、すっかり夕飯時だった。


 やっぱり宿題の分量を考えると、部活に入らなかったのは大成功なのかも。

 でも連休明けには先生方に早く部活に入れってせっつかれるのかな。


 生徒会のほうがいいのかな。一子と一緒に学校をよくする仕事をするのも悪くない。

 ……でも生徒会のやつが、園芸部のポスターを承諾なくはがしてたっけ。それも、「部活勧誘ポスターは一年生を入れるためのもので一年生が描くものではない」とかいう屁理屈こねて。


 なんとなく生徒会に嫌なイメージを抱きつつ、でも一子が頑張ってるんだし、と純恋は嫌なイメージを頭から振り払った。


 一子みたいに賢くて優しい子が、あんな意地悪に加担するわけがない。そうだ、休み明けに生徒会に入れないか先生に相談してみよう。純恋はそこまで考えて、風呂に入った。もうゲジゲジは出なかった。

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