第17話 春休み

クラスのみんなにお別れの挨拶もしないまま

1年生が終わった。

学校に来ない私を心配した友達たちが毎日家に来てくれる。 

でも誰にも会うことが出来なかった。

うっちゃんは一度も家には来なかった。

その代わり毎日電話をくれた。多喜くん情報が満載の電話を。

多喜くんは春休みの間にバイクの免許を取るため教習所に通っているらしい。


多喜くんからの電話は一度もなかった。


毎日布団の中にいる。

目が覚めたら全部夢で本当の私は多喜くんと

春の永光池を散歩している。

手をつないで、人がいなかったらキスしちゃったりなんかして、背中にだってむしゃぶりつき放題だ。

そんな事を想像しながら眠り続けた。


でも目が覚めるとやっぱり現実はそのままで

鏡の中には、寝過ぎでむくんだ顔色の悪い、

ホラー映画に出てくる不気味な少女みたいな

自分の顔があった。


だから夢に逃げた。

夢の中なら私は多喜くんといつも笑っていられる。


一日中眠っていたかった。


多喜くんから電話があったのは、そんな

後ろ向きな現実逃避の真っ最中だった。

寝ぼけた頭で電話に出て、これが夢なのか

現実なのかよく分からなくなっていた。


「どうや 笑ろてるか」

いつものように多喜くんが言う。

夢の中ならすぐに笑っていると答えた。


でも答えられなかった。

ボケた頭でもこれは夢じゃないことが本当は

わかっていた。

私は春になってから夢の中以外全然笑っていない。


「笑わんでもエエけど 光合成はちゃんとせえよ 

太陽に当たらんとチカラ出えへんぞ」

多喜くんは言った。


「バイクの免許取りに行ってるんやろ?」

何か聞かれるのがこわくてとっさに質問した。

「おー」

「スイミングしながらで時間あんの?」

また質問。

「水泳で食べていけるほどの選手ちゃうしな

バイク買うのにバイトもせなあかんし スイミングはそんなに行かんでもエエかなと今は思てる」

聞いた瞬間、私は自分でもびっくりするほどバイクに嫉妬した。


スイミングはいつも多喜くんの一番だった。

スイミングのせいでお金も時間もないから、

デートだって電話だって我慢した。

スイミングには勝てないと思っていたから。

それなのに

ポッと出のバイクが多喜くんの一番を

あっさり奪っていった。


「今よりもっと遠くに行けるで 山でも川でもどこでも行ける バイクやったら………」

多喜くんはまだバイクの話をしている。

バイクが多喜くんを遠くへ連れて行ってしまう。


そら、そうやな

家からも、いや部屋からも布団からも夢からすら出られない私は、多喜くんをどこにも連れていけない。むしろ煩わしいだけの存在


「もう辞めよか」

気がつくと言っていた。

「何を?」

多喜くんが聞いた。

「付き合うとかそうゆうの 私何処も行かれへし めんどくさいやろ?」

それこそ面倒くさい台詞が出た

自分が嫌で嫌でたまらない

私はバイクになれない 雑草にすら戻れない


「俺はどっちでもエエで」

多喜くんが言った。

「彼女でも 友達でも」

そうか どっちでもいいのか


「じゃあ 友達で! 友達が良い!」

明るく聞こえるように勢い良く言った。


「わかった 友達で手を打とう」

いつかの私の台詞を今度は多喜くんが言った。

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