第16話 終業式
例えば人生をグラフで表したとき、私の人生の折れ線グラフは高校1年生の入学式の日、天高く跳ね上がり、その後もずっと上へ上へと上昇する。
告白して友達になって、手をつないでデートして、彼女になってキスをして。
上がりっぱなしだ。
でもその線は、もうすぐ1年生が終わる16歳の春、あっという間に真っ逆さまに下降した。
そして今も下へ下へと落ち続けている。
壁が崩壊するとき、最初に入った小さな亀裂が徐々に徐々に広がってから一気に砕けるみたいに、今思えば最初の亀裂は冬休みの終わり頃にはもう入っていた。
初めは枕だった。
正確には毎朝枕についた自分の髪の毛。
それまではそんなに気にしたことがなかったのに、ある時から枕についた自分の髪の毛の量の多さが気味悪くなった。ちょっと抜けすぎやな……
気づいてからしばらくして発見した。
おでこから人差し指一本分ぐらい斜め左上にある白い円形。
10円玉くらいのそれは黒い髪のなかにあるせいか異様に真っ白でつるつると光っていた。
多喜くんと友達だった頃なら言えていたのかも知れない。
授業中回すメモに
『10円ハゲ出来てもーた』
と書いたら
『マジックでぬったるわ』
多喜くんが書いてきそうだ。
いやそれが彼女になってからでも多喜くんの態度は変わらなかったと思う。
変わったのは私だ。
多喜くんの【10円ハゲの友達】にはなれても
【10円ハゲの彼女】になるのは絶対に無理だった。
【多喜くんの彼女】というポジションは、
私を雑草から温室の花に変えた。
たくましさも強さも奪い、些細なことですぐ枯れる見た目ばかりを気にするひ弱な花に。
バレンタインの日、押し倒されてドキドキしたのは、目の前にいる多喜くんへのトキメキではなく、カチューシャがズレて多喜くんに白い円形がバレたのでは、という恐怖だった。あの日のぎっちょんの襲来は天の助けに思えた。あのまま、もしキス以上のことになっていたら。期待より不安の方が大きかった。それも バレることへの不安の方だ。
ぎっちょんと多喜くんがじゃれあいながら喧嘩している横で、私は自分の髪の毛が落ちていないかと、こたつの敷布団をこそこそと確認していた。
10円はすぐに500円になりしばらくすると
小判になり、最後は円形ですらなくなった。
しずくが流れ落ちるみたいに黒い髪のなかに
白い部分が広がっていく。
カチューシャではもはや隠し切れず、出来るだけ幅の広いヘアバンドで覆った。
でもそれもすぐに限界がきた。
いつも近くになれるよう祈っていた席替えも、今では少しでも多喜くんの視界に入らない席になるようにと祈っている。
3月半ばを過ぎた頃から学校に行かなくなった。行けなくなったが正解か。
終業式にも行けなかった。
行けない理由も言えなかった。
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