第15話 バレンタインデー

2月14日は土曜日だった。

怨念カーディガンはちゃんと間に合ったが、あまりにもかさばりすぎた。こんな大荷物で登校したら目立ちまくりだ。

多喜くんにどこかで待っててもらって家に取りに帰るしかないか……


学校には、これまた手作りのチョコレートだけを持って行くことにした。

つまみ食いに来た兄が、

「お前コレ本気で彼氏にやんの?歯ぁ折れるで」

と言ったのは聞こえないことにして、ラッピングだけは可愛くしようとがんばった。


うっちゃんが余りもんやでとくれた手作りチョコレートに打ちのめされて渡すのがためらわれたが、腹を括って

「ダイヤモンド☆チョコ」

と書いたメッセージをそえて渡した。


もう一個のプレゼントは大きすぎて持って

来れなかったことを伝えると、

「ほんじゃあ ウチ来るか?」

と誘われた。

「メシ食ってから来いや」

「お母様に手土産とか用意する時間が……」

「結婚の挨拶か!手ぶらでエエに決まってるやん」

笑いながら多喜くんは待ち合わせの時間と場所だけ告げると帰って行った。


「うっちゃーん どうしようー」

うっちゃんに助けを求める。

「クッキーとか焼き菓子みたいな軽いもん適当に持っていけば」

と帰り道近くのケーキ屋さんに付き合ってくれた。

「靴脱いだらちゃんと揃えるんやで」

オカンのように心配しながら、

「アタシも江崎君と約束あるから行くわ!」

あたふたと帰って行った。


家に帰ってカーディガンを入れたデカい紙袋を自転車に突っ込んで待ち合わせ場所に急ぐ。

多喜くんが自転車で待っていた。

「行こか」

多喜くんの家を知らない私はひたすら多喜くんの

後ろを追いかけて自転車を走らせた。


「ここ」

多喜くんの家に到着。

門の扉を開けて自転車を中に入れる。

玄関の引き戸を開けると広い三和土があった。

靴を脱ごうとした時、茶色いものがいきなり

飛びついて来て玄関の上り框に押し倒された。

「あらあら、ごめんね。こら、チビ!」

多喜くんのお母さんが玄関に出て来た。

私は寝転がったまま、

「こんにちは お邪魔してます」

と挨拶した。マヌケな絵面だった。

立ち上がって改めてご挨拶し、クッキーを渡す。

全然小さくない茶色い柴犬のチビにも挨拶した。


「こっち」

多喜くんが階段を登りながら振り返った。

多喜くんの部屋は2階。

部屋の真ん中にこたつがあった。

こたつに入って一息ついてからプレゼントを渡す。

「自分が編んだん?」

多喜くんが聞く。

「うん 怨念たっぷりやで」

意外にも多喜くんはちょっとうれしそうだ。

でろんでろんのカーディガンは大きすぎて多喜くんの広い肩幅ですら余裕がありあまっていた。

「外には着て行かれへんな」

私が言うと、

「ドテラ代わりに着るわ」

と多喜くんが笑った。


「友達にムードがあってガチャガチャしてない曲貸してって言うて借りて来た」

多喜くんが言いながらかけた山下達郎のCDが

流れてくる。

こたつが暖かくてしみじみしていると急に

押し倒された。

チビに続いて2回目だ。

多喜くんの顔が目の前にあった。


「だから……」

あ、またジーッと見てしまった。

「ゴメン 目ぇつぶらなアカンかった」

多喜くんは笑って

「ムードないわー」

と言ったくせにキスをした。


突然階段を駆けあがるスゴイ足音が聞こえて来た。多喜くんと二人で慌てて跳ね起きる。


ふすまがバーンと開いて

「やっぱり女おるやんけ!」

と男の子が入って来た。

「下品やねん!女とか言うなや!」

多喜くんが怒鳴る。


怒鳴られた男の子はお構いなしにこたつに入って

「こんにちはー ぎっちょんでーす」

と私に挨拶した。

「こんにちは 多喜くんの女です」

私も挨拶した。


ぎっちょんは多喜くんのスイミング友達だった。

小さい頃からの付き合いらしくいつも一緒に

いるらしい。

「コイツがブルーハーツ好きやから、最初自分もコイツみたいな奴かと思ってた」

多喜くんが、げっ!と言ったのはぎっちょんのせいだった。


ぎっちょんはお寺の息子だ。

パンクにハマって頭をツンツンに立てた。

顔の至る所にピアスを開けた。

ピチピチのパンツをはいた。

チェーンもジャラジャラつけた。

ある日お母さんに、家に入る時は裏口からだけにしてと泣かれたそうだ。


「多喜に女が出来たみたいやからどんなんか見てみたくて」来てくれたらしい。

多喜くんは邪険にしていたが、多喜くんとの面白い昔話をいっぱいしてくれたので、私はすぐぎっちょんが好きになった。

ぎっちょんのピアスは左耳だけになっていた。


3人で話していると時間はあっという間に経って、もうすぐ多喜くん達がスイミングに行く時間だった。

ぎっちょんは、先行くわと帰って行き、多喜くんは私を送ると言う。

急いでるのに申し訳ないが道が全然わからなくて途中まで送ってもらうことになった。


お母さんとチビにお別れの挨拶をして外に出る。二人で自転車で走っていると見覚えのある道に出た。


「ここからもうわかるから多喜くんスイミング行ってー」

そう言って手を振りながら右に曲がった。

別れ難くなるので出来るだけあっさりさようならしなければと曲がり道を選んでバイバイした。


勢い良く自転車を漕ぎながら今日一日を思い返してニヤニヤしてしまう。


「……早いって………まてー」

声が聞こえて慌てて自転車を停めると多喜くんが追いかけて来た。

「こっちちゃう 左や」


曲がる方向を間違えていた。


「ネタか思たわ」

多喜くんが声を出して笑う。

「ホンマすんません お手数お掛けします……」

「こんなん連れてやってまんねん」


結局多喜くんは私を家まで送ってくれた。

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