第11話 デート
多喜くんと前後の席になってからの毎日はまさにこの世の春だった。
朝学校に到着したとたん幸せが待っている。
おはようからおやすみ、いや また明日、まで多喜くんの背中と語彙センス満載トークを満喫。授業中にはノートの切れ端に書いたメモのやりとり、なんて青春臭漂いまくりのオプション付きだ。
幸せ過ぎて怖いの……の心境だった。
『エエ時計してるやん』
『フフフ おばあちゃんのお下がり
フランス製やで』
『アンティーク ゆうやつか!』
『citizenって有名?』
『この非国民がっ!!』
しょうもない、他人には見せられないような内容の小さな切れ端を毎日持ち帰っては宝箱に入れた。
『池に行こうぜ』
その小さなギザギザの切れ端は生涯私の心に残る言葉になった。
多喜くんがどう言うつもりで書いたのかわからなかった。確かめるのが怖かった。
二人で校門を出て池に向かう。
多喜くんは自転車通学なので自転車を押して
歩いていたが、学校から少し離れると
「乗って」
と多喜くんが自転車にまたがって私を振り返った。
恐る恐る後ろの荷台に座る。
「つかまって」
もはや言われるがままだ。
多喜くんの腰に手を回す。
急発進した自転車に思わず腰に回した腕に力が入った。ギュとしがみついたまま自転車は走る。
スピードは落ちたけどしがみつく腕の力はそのままで、咎められないのを良いことに背中にくっついていた。
多喜くんは何も言わなかった。
池に到着して自転車を止めて並んで歩く。
何か話さないと多喜くんが「じゃあな」とスイミングに行ってしまうのではないかと不安になるのに、何を話せば良いのかわからなくて焦る。
ただ歩いているだけのこの時間が永遠に続けば良いのにと思った。
さっきから多喜くんがさりげなく私の手に自分の手を当ててくる。自分から手をつなぐべきか悩んでいると、多喜くんの方から手をにぎってくれた。
つないだ手を深く絡ませた瞬間多喜くんがいきなり大声で言った。
「これや俺が求めていた燃えるような愛の形は!」
テレ隠しなのはわかっているのに、上手い返しが思い浮かばない。頭の中は真っ白でつないだ手のひらの温もりだけ感じている。
「もうちょっとこのまま一緒におっても良い?」
やっと口から出たのは面白くも何ともないただの懇願だった。
「うん!あ、でもその前におしっこ」
ちょうど目の前に見えた公衆トイレに多喜くんが走って行く。
多喜くんの四角い背中は私を落ち着かせた。
あっという間に戻ってきた多喜くんは
[それではちょっと失礼して……]
と言う様子でそーっと私の手を握った。
それが可笑しくて笑いを隠そうと下を向くと、多喜くんは急に慌てて言った。
「あの……こっちの手では持ってへんから!」
夕日が多喜くんの顔を真っ赤に染めていた。
私は堪えきれなくて声を出して笑った。
多喜くんも笑った。
それは大好きな子どもみたいなあの笑顔では
なかった。
でももっと私の心をギュッとつかむような、
今まで私が見たどんな笑顔よりも忘れられない、大好きな笑顔になった。
しっかりとつながれている私と多喜くんの
『燃えるような愛の形』は不器用で優しくて 夕日のスポットライトを浴びてとても温かかった。
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