第9話 遠足
奈良行きの近鉄電車は制服姿の高校生でぎゅうぎゅう詰めだった。
混雑と騒音で一般の乗車客に甚大な被害を与えながら、ほとんどが我が校の1年生で占められた電車は奈良駅に到着した。
鹿のフンをよけながら、奈良公園の集合場所に辿り着き、点呼を取った後は班行動だ。
解散前、謎に甘露飴が1粒ずつ全員に配られた。
江崎君と多喜くんに合流すると、うっちゃんはまず最初の夢を叶えるべく鹿せんべいを購入した。
多喜くんは
「何で金出してまでこんなケダモノに取り入らなアカンねん」
とかなんとか文句を言っていたが、私が鹿せんべいを渡すとうれしそうに鹿のもとへと走った。
江崎君は鹿に取り囲まれ最早カツアゲみたいになっていたが、うっちゃんはそれを助けるでもなくうっとりと眺めている。
多喜くんは一生懸命頭を下げてせんべいを求める鹿が届かない高さに持ち上げて意地悪をしていた。
(その後鹿に頭突きされボコボコにされた)
これがたわむれていることになるのかよくわからなかったが楽しかった。
二つめの夢のため春日大社に向かった。
うっちゃんは末社の夫婦大国社で、有無を言わせず江崎君を引っ張って一緒に御守りを買いに行った。
その姿を眺めながら多喜くんが、
「自分は?行かんで良いん?」
と聞いた。
「多喜くんは?」
「俺は神の助けなど必要ない」
「じゃあ 私もいらん」
「なんで?」
「縁結びって、お互いにこの人と縁を結んでくださいって言うんやったらわかるけど、相手が縁を結びたいかどうかもわからんのに、この人と結んでくださいって勝手に願うのってどうなんかなーって
なんかズルしてるっていうか、惚れ薬をこっそり飲ませてる みたいな感じすんねんなー」
多喜くんは前を見たまましばらく黙っていた。
「理屈っぽいな」
恥ずかしくなってつぶやくと、
「やっぱり自分雑草みたいや」
多喜くんは言った。
「強いな」
多喜くんが前を向いたままだったのでどんな顔をしているのかわからない。
「それってほめてる?」
不安になって聞いた。
「ほめてる ほめてる」
「一緒に買ってくれるんやったら、喜んで神の助けを借りるけど?」
多喜くんはただ笑っただけだった。
それは、また私の知らない笑顔だった。
最後は大仏の鼻の穴をくぐるため東大寺だ。
うっちゃんは本物の大仏の鼻の穴をくぐるのだと勘違いしていた。
左右の鼻から江崎君と二人で顔を出したところを写真に撮って欲しかったのにとがっかりしている。
うっちゃんの後ろで(ア ホ や)と読唇術で私に伝えてきた多喜くん。
東大寺の南大門で仁王像を見ながら
「(北斗の拳の)ケンシロウはいっつもこんなヤツらと闘ってんねん」と何故か誇らしそうな多喜くんのとなりで(こ ど も)と声に出さず私に伝えたうっちゃん。
二人が兄弟みたいでちょっとヤキモチを妬いた。
食べずにポケットに入れていた甘露飴が少しねばついていた。
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