第7話 体育祭

9月半ばに開催されるうちの高校の文化祭は4日ある。

1日目 体育祭

2日目 展示物鑑賞

3日目 演劇鑑賞

4日目 一般公開・後夜祭



この中でもっとも記憶に残っているのは1日目の体育祭だ。


不純な動機の罰が当たり、うっかり運動委員になってしまった私が、トホホな気分で向かった初めての運動委員会は副委員長を決めるためのものだった。もちろん誰もやりたがるはずがない。

くじで決めることになったが、サボった委員が得するのはズルい!と言い出す者が少なからずいて他の方法を模索することになった。

くじ引き以外の良案が何も決まらないまま時間だけがダラダラと過ぎていく。

早く帰りたいのと、無意味な時間にうんざりして、気がつけば「私、やります」と手を上げていた。

こうしてまたうっかり(いや、ヤケクソか)今度は副委員長になった。


何日かして私のクラスに生徒会執行部とか言う人達が現れた。

「運動委員長の立候補者がいなかったので繰り上げ当選で副委員長の貴女が運動委員長に就任することになりました。次回の生徒会の集まりからは執行部員として参加して下さい」


考えなしとは私のことだ。考えるより先に動いてしまう。うっかりついでにとうとう運動委員長になってしまった。トントン拍子だ。


1年生の私が委員長だったため運動委員会は全く統制が取れなかった。

委員会を招集してもサボる先輩委員が続出した。

しかもあんなにゴチャゴチャ揉めたくせに、結局くじ引きで決まった副委員長は、私以上にやる気のない1年生男子で、部活が忙しいので何も手伝えないとぬかした(最終的には胸ぐらを掴んで手伝わせた)


9月に入ると私は生徒会活動に追われ、体育教師の呼び出しに追われ、運動委員の先輩たちに何とか仕事をさせることに追われ、へとへとだった。

大好きな多喜くんの四角い背中をうっとりと眺める暇もなかった。


結局体育大会は、最後の3年生による創作ダンスで一部暴走した生徒が運動場で暴れ回り、止めに入った先生を突き飛ばして軽い怪我を負わせたハプニング、というには少しヘビーな展開があった事を除けば、概ね無事に終了した。(なぜだか私も暴れた3年生と一緒にお説教された)


フラフラになって教室に戻った。


机を後ろに積み上げ、体操着の生徒たちは床に直接座り込んでしゃべり、騒いでいる。私が教室の戸を開けると担任が声をかけた。

「運動委員長ようがんばった! みんな拍手~」

クラスのみんなに拍手され、仲の良い女の子たちが「大変やったやろー」と代わる代わる抱きついてくる。


みんなからの労いの儀式が一通り済んだところで、私は廊下側の窓枠にもたれそのままズルズルと滑り落ち足を投げ出して座った。

行儀の悪いくまのぬいぐるみみたいな姿勢でぼんやりしていると、前から多喜くんが私の方へ歩いて来るのが見えた。

私は慌てて膝を立てて座り直した。

多喜くんはグングン近づいてくると私の右側に立ち、窓の外にいた男の子と頭の上で話をし始めた。


私のところに来てくれたわけじゃないんや

そらそうやな


ぼんやりした頭で考えていると視界に多喜くんの右手がにゅうっと出てきた。

顔を上げて多喜くんを見た。多喜くんは廊下の男の子との話に夢中でこっちを見ない。

多喜くんの指先がクイックイッと動く。何だか誘っているように見えたので右手を伸ばして多喜くんの手を握った。多喜くんは一切こちらを見ないまま私の手を握り返した。

結局廊下の男の子がいなくなるまで私たちはそのままずっと手を繋いでいた。


やっと私のほうを見下ろした多喜くんは、

ギュッ・ギュッ・ギュッ・ギュッ

とリズムを付けて私の手を4回握ってから離した。

「わかった?」

多喜くんが聞く。

「愛してるのサイン?」

「5回ちゃう、4回や4回!」

「L・O・V・E」

「アイドルの親衛隊か」


「おつかれ」

私がそういうと多喜くんは、いつものニヤニヤ顔でも、(私の大好きな)ピカピカ笑顔でもない、うれしそうな、でも自分が喜んでいるのを隠すような……とにかく私が今まで見たことのない、はにかんだ笑みを見せた。


「お疲れぐらい口で言うたれや 色男気取りか ぬりかべが」

多喜くんが離れていくと、となりでうっちゃんがいつものように悪態をついた。

「ぬりかべ それは可愛いな」

私はうっとりした。

「アンタはホンマに……今すぐ目ぇと頭の医者に行きっ!重症や」

「手遅れかもなー」


だってな、うっちゃん。

口で言われるよりずっと届いたで。気持ち。

多喜くんの手のひらから。


私は自分の右手をじっと見つめた。

うっかり運動委員長になってから、一番報われた出来事だった。

「匂い嗅ぐのは流石にヤバいで」

うっちゃんが心配そうにささやいた。


文化祭は準備に比べるとあっという間に終わった。

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