第6話 夏休み

うちの高校の夏休みはほぼ文化祭準備のために使われる。

大型展示物か演劇のどちらかを選択し、9月の文化祭までにクラスのみんなで制作する。

私たちのクラスは演劇に決まった。


色々あってうらぶれた元トップダンサーの主人公と、その主人公に恋をしたダンス初心者の女の子がペアを組んでダンス大会に出場し、優勝して過去の栄光と愛を手に入れるというありがちな夢物語だ。

私は主人公の二人が最後に踊るダンス大会の、その他大勢のダンサー役だった。


夏休みの間、暇な者はほぼ毎日学校に来ていた。

多喜くんはスイミングのせいでお金も時間もなかったのでほとんど教室に現れることはなかった。

多喜くんに会えないなら夏休みなんかなくてもいいと思いながらも、暇な私は毎日ダンスの練習と称してダラダラ集まるだけの文化祭準備に参加していた。


夏休み終盤いつものように教室へ向かっていると、うちのクラスから男子の馬鹿笑いが聞こえてきた。

多喜くんの声がする。多喜くんがいる。

大急ぎで教室の戸を開けた。


「おー」

多喜くんが手を挙げて挨拶した。

「おー」

私も手を挙げた。

「珍しいやん」

「一回ぐらいは来んとアカンやろ。気ぃつかいまっせー」

本気で楽しんでいないほうのニヤニヤ笑いで言った多喜くんは、そのくせ何かを手伝うわけでもなく他の男子たちとギャーギャー騒いでいるだけだった。


「なんや!その気の抜けたダンスは!身体で踊るな!魂で踊れっ!!!」

真面目な顔で私にちょけてくる多喜くんに

「黙れ、貴様にダンスの何がわかる 見せてやろう……本物のダンスを」

と南斗水鳥拳を披露して遊んだ。


お昼になってご飯を買いに外へ行くため、みんなで連れ立って教室を出た。

ふと見ると多喜くんが窓際の席にひとり座ったままでいる。

これは!と思い教室に戻った。

近づいて行くと

「メシは?」

と多喜くんが聞いた。

「チャーンスやから」

私が言うと子どもみたいな顔で

「アホか」

と笑った。

笑いながら窓の方に顔を向けた多喜くんが

「あ、見て」

と声を上げた。

多喜くんが窓の外を指差した。

「神様降りてきそうな空やな」


朝からどんよりと分厚く立ち込めていた雲の隙間から、地面に向かって一筋、太陽の光が差し込んでいた。


「多喜くんが好きな理由もう一個あった」

私が言うと

「身体以外に?」

と嫌そうに聞いた。

「うん」

「怖いけど一応聞いとくわ」

「語彙センス」

「……何それ、美味いん?」

「知らん、食べたことない」

うそ ホンマはめっちゃ美味しい 私の大好物


「ようわからんけど、自分やっぱり趣味悪いで」


ブツブツ言っている多喜くんと並んで、そのまま神様が降りてくるのを二人で待った。


夏休みはもうすぐ終りだ。

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