26. 死霊術師が魔王の玉座に辿り着くまで(後編)
「JUJUJUJUJUAAAAAッ!」
デイモスは恐怖を具現化した存在であり、黒い靄に包まれた人型にも不定形にもなる何かである。
常に黒い靄を帯びているために、この何かは誰も分からず、当の本人であるデイモスですら、自身がどういうものか理解していないかのように、機敏に動いたかと思えば、急にのたうち回るような動きを見せることもあり、動きが不定でいびつだった。
人間にとって、この不可解なことも含めて、この気持ち悪さも含めて、デイモスは恐怖を体現している上に、精神的な恐怖よりも肉体的な恐怖を与えてくる。
「最後のカギの欠片!」
「ZUZUZUZUZUUUUUUAAAAAッ!」
「させねえよ」
ナトスはカギの欠片を見つけ奪取する。それに気付いたデイモスがカギの欠片を取り返そうと不可解な動きで彼に近付くため、呼び出されていたコリントス、アルカディア、アテーナイ、デルポイが動きを止めようとする。
「GIRIRIRIRIIIIIIIッ!」
デイモスが突如膨らんだ後、自身の一部である黒い靄を弾丸のように飛ばす。無数に飛ぶ黒い靄の何かは散弾、雨、霰のように散らばり対象にしているナトスや勇者たちだけでなく、部屋のあらゆる場所を傷付けていった。
ナトスとアテーナイ、2人のアイギスの大盾でなければ、ハチの巣状になったアンデッドができあがる。
「……相変わらず、俺たちじゃ話さえできないな。コリントス、アルカディア、アテーナイ、デルポイ。予定通り、頼んだぞ。アルカディア、指揮を任せる」
「RAAAAAAQEEEEEEッ!」
「承知しました」
「了解」
「承知しました」
「了解」
何がしかを叫ぶだけ叫ぶデイモスの身体から無数の細枝のような腕や脚が生えてくる。そのすべてが、直接ナトスや勇者たちを攻撃したり、手あたり次第に周りにある物を投げつけたり、別の細枝を引き千切って武器として叩きつけたり、ガサガサと奇妙な動きで走り回ったり、もつれて転びそうになったり、千鳥足のようにふらついたりと、乱心したかのように常人の理解を超えた動きを見せつけてくる。
「GUJURURUUUUUUッ! VAAAAAAAAAAAッ!」
デイモスが猛り狂っている中、ナトスは指揮をアルカディアに任せて、一人再び塔を降りていく。追いかけようとするデイモスの前に、アルカディアの指示でコリントスがトライデントを投げつけて、扉を瓦礫で封鎖した。
「これで破邪のカギが完成した」
ナトスは中心の塔の前で破邪のカギの欠片を組み合わせて、扉にある鍵穴に差し込んだ。
ガチャリ、ギギィ。
開錠の音とともに扉が誰に引かれているわけでもなく勝手に動き出す。
「いよいよ、ここまで来られるとは、驚きですね」
「お前がティモル……いや、フォボスか」
塔の最下層、つまり、地上階にその姿はあった。
四天王最後の存在ティモル、またの名を恐怖の神フォボス。怒髪天のように逆立った短めの白髪に浅黒い肌、釣り目がちな下三白眼に大きなワシ鼻、肌が綺麗と言い難く少しボコボコとした表面で、サメのようにギザギザした歯が笑みで大きく開いた口から見え隠れしていた。
ティモルは黄土色やベージュといった黄色みがかった色合いのロングテールコートを羽織り、さながら貴族に仕える執事のような姿をしている。
「ティモルでお願いします。お初に……いや、ご無沙汰しております。タナトス様」
「悪いが覚えていない」
「そうでしょうとも。今のあなたはただの人間ナトス、そして、私はただの魔物ティモル、つまり、お互いに変わってしまったのだから」
「そうだな」
ナトスとティモルの間に静かな雰囲気が佇んでいるが、両者の視線は鋭く、お互いに相手を射殺さんばかりの凝視である。
しばらくして、ふと、ティモルの表情が柔らかくなり、恭しいお辞儀を始める。ナトスはその仕草に警戒するも、何かが放たれることも何かの仕掛けが発動することもなく、恭しいお辞儀がただただ終わった。
「さて、実はですね、私は、タナトス様だけをお通しするように魔王様より仰せつかっております。まあ、他の方……と言っても無数のアンデッドを相手にはできないので、そうですね……他の勇者の方々としましょうか。その方たちはお通しすることができませんので、私とちょっと戯れていただければと存じます」
「……断ったら?」
「魔王アモル様と私が共闘しますね」
ナトスは突然のティモルの話に戸惑いを覚えるも、彼も元よりそのつもりでいたこともあり、それが罠であろうと作戦通りとして応じることにした。
残りの戦力である勇者たちが魔法陣からゆっくりと静かに現れる。
「そうか、ちょうどいい提案だ。こちらもお前を魔王と合流させる気はない。ドゥドゥナ、サモス、エペソス、頼んだぞ。ドゥドゥナ、指揮を任せる」
「了承した」
「はい」
「はーい」
ティモルはさして驚いた様子もなく、ナトスを見てから大仰に腕を動かして、自身の後ろにある階段へと、魔王のいる玉座の間への道へと誘う。
ナトスは警戒を緩めることなく、ティモルの真横を通り過ぎて、そのまま階段を昇る音を立てながら蝋燭の灯火頼りの闇へと消えていく。
「それにしても、残りがたったの3人で、それだけで私の相手になるとは……勇者たちとはいえ、随分と舐められたものですな。いや、他の四天王も相手にしているとなれば、妥当でしょうかね」
ナトスの気配が消えたと同時に、ティモルは小さく一息吐くと、それまでとは打って変わって、へらへらとした笑みを顔にべたりと貼り付けて、勇者たちを舐め回すように見る。
ドゥドゥナはその視線に嫌気が差したのか、眉間にシワを寄せて深い溜め息を吐く。
「自分より格下と見れば侮るか……それも良いだろう。我もまた同じことだからな。だが、その認識は今すぐ改めるといい。決して我らはお前の格下ではない」
ドゥドゥナが視線をサモスに移すと、彼女はぶつぶつと呟くように口を動かして人型の怪物を召喚した。
人型の怪物は背中や後頭部などにも目を持っており、そのすべての目を開き、ティモルが敵であることを認識して戦闘態勢を取る。
「なるほど……ヘーラーの使役する怪物ですか……これはたしかに、いや、むしろ、あなた方よりも十分に恐ろしいものですねえ」
「ふっ……恐怖の神にそう言ってもらえて何よりだ」
「まあ、あなた方が強いわけじゃないので、あなたが偉そうにする理由にはなりませんがね」
「……今のうちに喋っておけ。減らず口はすぐに叩けなくなる」
そのやり取りも知らないナトスはひたすらに階段を駆け上がっていく。彼は逸る気持ちを抑えることができなかった。
魔王を倒し、【死者蘇生】の能力を得て、家族を生き返らせる。
それだけをただ求めて、彼は彼なりに苦悩し傷付き決意し、ここにまで辿り着いたのだ。
家族をあるべき状態で取り戻す。
それだけが彼の心の拠り所である。
やがて、最上階へ辿り着いたナトスは開かれたままの扉を何の躊躇もなく通り抜け、薄暗い玉座の間へと足を踏み入れる。
「ようこそ、久しいね、タナトス」
「魔王アモル……いや、エロースか」
玉座の間に物々しい玉座があり、そこには翼を背中に生やした青年と呼ぶには少し幼い姿をしている少年程度の見た目の男が居丈高に座っていた。
魔王アモルこと、恋心と性愛を司る神、転じて、生命を操る神エロースである。
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