26. 死霊術師が魔王の玉座に辿り着くまで(前編)
魔王城は強力な魔物たちの巣窟でもあった。魔物たちからすれば最後の防衛線であるため、一筋縄ではいかないと覚悟していたナトスもさすがの連戦に疲労の色が見え隠れする。
裏を返せば、彼の持つ戦力は増加の一途をたどっていた。強力な魔物が死ぬことでアンデッドとなり、自然界の共食いさながらの光景を何度も目にしていく。
「戦いを観戦することが趣味の人間もいるようだが、やっぱり、俺には合わない趣味のようだ。平穏な方がいい」
聖域を設置できる場所があれば、迷わず設置して休む。その際にナトスは聖域内にいて、聖域外で繰り広げられる魔物どうしの戦いを見ながら誰に言うでもなく独り言ちていた。
「平穏ももう少しだ……行くぞ」
勇者たちは無言でうなずく。お喋りなアルカディアやデルポイでさえも魔王城の物々しく重苦しい雰囲気に口数が少なくなっていた。
魔王城は城壁内に入ると、1つの突出した塔の周りを囲うように3つの塔が存在している。3つの塔にはそれぞれ、四天王のハルモニア、アンテロス、デイモスが待ち受けるように守護していると、既に仲間になっているハルモニアがナトスに伝えていた。
さらに、3つの塔にある破邪のカギの破片を組み合わせることで、中心に立つ塔へと何の制約もなく入ることができる。破邪のカギを使わずに入ってしまった場合、人間には重すぎる負荷が掛かってしまうということは過去の勇者が残した記録にも記載されていた。
「そんなカギ、捨てたらいいんじゃないか?」
ナトスは人間であるものの、カギの存在の異様さに思わずそう口にする。
「魔物は触ることさえできません。神の産物なのかもしれませんが、出自すら分かりません。少なくとも、過去の勇者は魔王を倒すと再び3つに分けて、3つの塔にカギの破片を安置するようですね」
「なんで、過去の勇者たちは3つに分けるんだろうな。魔物が触れないならまとめた状態で1つの塔に置いておけばいいような気もするが」
「それは私にも分かりかねますね」
「そうだろうな」
ハルモニアの回答に未だ納得のいかないナトスはそう呟くも、ここにその答えを持ち合わせている過去の勇者がいるわけでもないため、疑問は虚空の中へと消えていく。
「グオオオオッ!」
「ゲエッ! ゲエエッ!」
「グルルルルッ……」
ナトスの姿を見て、どこからともなく大量に現れ始める魔物たち。しかし、ナトスが怯む様子は微塵もなかった。
「出し惜しみはしない」
ナトスはハルモニアと勇者たちを一度引っ込めて、無数のアンデッドたちを魔法陣から呼び出す。その数は大量と思われた魔物たちを超え、アンデッドで魔王城が埋め尽くされんばかりだった。
「死を恐れない不死者たちよ、生を、命を、敵を、蹂躙しろ」
ナトスのその言葉を号令として、アンデッド軍団が押し寄せる津波のように魔物たちへと襲い掛かる。その異様さに我先に現れたはずの魔物たちが思わず我先に逃げ戻ろうとするほどだった。
その後、ナトスはもぬけの殻になっていたハルモニアの塔にあるカギを手に入れる。
「なるほどな。カギの欠片が他の欠片の位置を教えてくれるのか。それでまたバラバラに……。ひとまとめにしておくと、全てを失う可能性もあるか」
ナトスは破邪のカギのカラクリに理解を示してから、次にアンテロスの塔を一気に駆け上がった。
素早さを重視した小型の魔物たちを蹴散らしていき、塔の最上階にある扉を蹴破り開く。無機質な塔の最上階、いかにも戦うために存在していると言わんばかりに積まれた石壁のままの武骨な造りをした場所、そこでは弓矢を持った青年が立っていた。
「おやあ?」
「アンテロス」
アンテロスは金髪碧眼の青年であるものの、少しばかり幼い顔立ちが時折少年のようにも見せる。白く無垢な翼を持ち、それを惜しげもなく広げて動かしていることで、足を浮かせている。
「ここに魔王様はいないねえ? 何もないから、このまま逃げるなら見逃してあげるよお?」
アンテロスはあくまでカギのことを伝えずにここから去るように促した。元々、返愛の神として知られている彼もまた戦いを好むような性格でなかった。しかし、守るべきものは守るため、決して及び腰なわけでもなく、戦わないような振る舞いを強かに示しているだけであった。
ナトスはアンテロスの動きを警戒しながらも武器を構えず、周りを見渡してカギの欠片を発見する。
「いや、カギの欠片を渡してもらうさ。ハルモニア、カドモス」
空中に浮かび上がる魔法陣から美しい女性ハルモニアと一匹の大蛇カドモスが姿を現す。その姿を見たアンテロスがぎょっと驚いて硬直している間に、ナトスはあっという間にカギの欠片を奪取してしまい、元いた位置まで翻って戻っていく。
「ハ、ハルモニア!? あ、ああっ! カギの欠片があ! くそ……まさか……」
アンテロスが弓を構えて矢を番えようとする前に、カドモスが脅威的な反射速度で突進してくるため、アンテロスは言葉を出す余裕もなく、冷たい石壁に激しく打ちつけられて顔を苦痛で歪ませていた。
「タナトス様、ここは任されました。どうぞ先へ。次はデイモスですね」
「ありがとう」
ナトスは踵を返して塔を一気に駆け下りていく。これは彼らの作戦であり、四天王を魔王の下へ集結させないための策略だった。
ナトスと魔王の戦いの邪魔にならないように四天王を各場所で押さえておく。負けず、勝たず、決さずを維持するために拮抗した力でぶつかり合う必要があった。
「くっ……待て! ちっ! カドモスがあ!」
「もうやめましょう、アンテロス」
「何を言う、この裏切り者が!」
アンテロスが吐き捨てるようにその言葉を口にすると、ハルモニアは胸の部分を押さえて悲痛な面持ちをして首を横に振る。
その様子を見たカドモスがアンテロスを睨み付けている。
「私たちでは器が違い過ぎました。今の力ではたとえアモル……エロースでさえも、十二神に届くことはないでしょう」
「……かもしれない。だからって、人間に成り下がった死の神がどうにかできるとでも?」
アンテロスは苦虫を嚙み潰したような顔つきでハルモニアを睨み付ける。
「私たちも地上の魔物に堕ちたのですよ? それに、彼には正義の女神アストレアがいます」
「あの格下がどうした? もういい! お前をさっさと倒して、魔王様の下へと駆け付ける!」
「格下って……アストレアは私たちと同格ですよ……相変わらず子供みたいですね。話を少しは聞きなさい!」
ハルモニアとカドモスがアンテロスと激しくぶつかり合う最中、ナトスは既にアンテロスの塔を降りきって、デイモスの塔へと足を急がせる。
「っ!?」
途中、ナトスは纏わりつくような視線を感じて、速度を緩めて周りを見渡す。
しかし、魔物1匹の気配さえもないことを確認すると、再び加速した。デイモスの塔には力自慢のパワーファイターの魔物が多く存在していた。
それ故に、ナトスは勇者たちを出すことなく、すり抜けるように単騎で駆け上がる。左へ右へと大振りの攻撃を避け、最上階手前の大きな魔物を見つけると、背後へ回ってから階段に転がすように思いきり蹴落とす。
彼を追って駆け上がっていた魔物たちは、階段から転がり落ちてくる巨体の魔物に巻き添えを喰らって、来た道をごろんごろんと転がり落ちていった。
静まり返った最上階の扉の前で、ナトスは勇者たちを半分呼び出した後にアンテロスの塔の時と同様に蹴破り開いた。
「NUNUNUNUNUGAAAAAッ! HABYAAAAAッ!」
「……デイモス」
ナトスは叫び続ける何かに向けて、四天王の名前を静かに呟いた。
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