25. 死霊術師が元勇者を屠るまで(前編)

 そびえ立つ連山の中に潜むように存在する魔王城。その魔王城への道は先人たちの作った道でできている。これは比喩でも何でもなく、険しかった山道だったが、山を切り崩して、迂回する必要があったところをそうしなくとも済むように横穴を掘り進め、自然にできていた洞穴と繋げたのだ。


 もちろん、魔王側もそのまま放置するほど間抜けではなく、強力な魔物を棲まわせて勇者の前に立ちはだかるようにしていて、さらには、この道を使うことで弱い魔物たちも人間側に進攻したり、魔王側に撤退したりするように利用していた。


 その洞窟は火に照らされると、薄灰色の岩が床、壁、天井になっており、5人ほどが横並びになっても余裕があるほどの道幅をしている。この道幅の広さはその大きさまでの魔物が存在することも意味している。


「こっちですよー」


 アルカディアが宙に浮きながら、以前通った道を先導しており、その後ろにはナトスを含めて出撃できる勇者が勢ぞろいしていた。


 さらには、四天王であるハルモニアや勇者ではないアンデッドの冒険者たちもいつでも出撃できるように待機している。


「みんな大丈夫か。今の感じなら、全員が出ていなくても、待機していてもいいんだぞ」


「ナトスの旦那は、本当に優しいこって。女性人気が高いのも肯けるねえ。あーあ、勇者キュテラに女神アストレア、女の子をとっかえひっかえ、羨ましいこって」


 アルカディアがそう軽口を叩くと、ナトスは無機質な笑顔を貼り付けたままに彼の方を向く。


 アルカディアは表情から背筋や姿勢までがすべて凍りついた。


「……アルカディアは先導があるから、最後まできちんと出ていてもらわなきゃ困るし、まあ、そんな軽口を叩けるなら元気そうだから死んでも大丈夫だよな?」


「へぇへぇ……その通りで……優しさの中に厳しさもちゃんとあるのね……ってか、もう死んでるし……」


 アルカディアががっくりと肩を落としながら先導を続ける。


 その後もナトスたちはしばらく歩いていたが、拍子抜けするほどに静かだった。


 洞窟を流れる風の音、遠くから聞こえてくる水の音、松明の燃える音、彼らの足音、雑談混じりの話し声、鎧の金属どうしが擦れる音、休憩時に聖域を設置する際の音、聖域に設置される聖火の音、休憩が終わった時に聖域を撤去する際の音。


 戦いの音はほとんどなかった。数度、魔物に出くわすも瞬間で終わる。勇者たちの強さが魔物を遥かに超えていることは事実だが、その事実を踏まえても、誰もが出現率、出現数に対して懐疑的だった。


「思った以上に……いや、おかしいくらいに魔物が出てこないな」


「たしかに、何匹かは出くわして難なく倒しましたが、まだいるようですし、どうしてでしょう? 出てこないのは勇者たちに恐れをなしている……とか?」


「うーん、そうだといいけどね。そのまま、魔王城まですんなり辿り着いたりしてね」


「いやいや、気をつけないと、ここに四天王クラスの化け物がいるって、アルカディアの話があるでしょ?」


「たしかに。となると、魔王城の前に大きな一戦があると思った方がよいですわね」


「……まさか、挟撃か?」


 口々に話し始めるため、誰が何を話しているのか、誰もが聞き分けることも難しかった。そのとりとめもない話をし始める勇者たちの内容から言葉の1つ1つを吟味し、ナトスは挟撃の可能性を考慮し始めた。


 洞窟を抜けると魔王城まで続く大橋があり、そこには今まで見たことも聞いたこともない化け物が座して待っている。その化け物をすぐに倒せない場合、来た道から潜んでいた魔物の大群が現れる。


 ナトスはもちろん、ほかの勇者たちもこの筋書きを恐れた。しかし、対策を出せる者はいない。


「仮に挟撃狙いだとしても、こちらから闇雲に挟撃阻止をしますか?」


「……洞窟の出口付近、そこに聖域を張れるかどうかで考えよう。張れなければ、時間を掛けざるを得ない」


 ナトスの指示は冷静で的確だ。挟撃が起きないように聖域を張る。聖域を張れなければ、ある程度時間を掛けてでも気配のする魔物を叩く。


 やがて辿り着いた洞穴の出口は聖域の張れる場所だった。


「ふぅ……」


 ナトスは安堵する。その安堵が全員に伝わり、魔王城に乗り込む前の最後の休息へと移り変わっていく。


 しばらくして、準備が整った勇者たちは立ち上がる。


 聖域を張ったまま、化け物を撃破し、撃破した後に聖域を回収して魔王城へ乗り込む。この計画を全員が頭に叩き込み、仮に化け物以外の敵が出てきた場合はナトスとアテーナイ以外の勇者たちが殲滅優先で進めることになった。


「行こう」


 こうして、ナトスたちはそれぞれの役割を把握して前に進む。弱くない風が全身を襲う中、魔王城と彼らの間に立ちはだかる人影が見えた。


「あれ? 前回はとんでもない化け物だったんですがね」


「よお……聞こえてるからな? 化け物とはご挨拶だな……また来たのか……アルカディア……それに……ナトス……」


「……お前は……まさかトラキアなのか?」


「ようやく来たか、ナトス。待ちくたびれたぞ?」


 ナトスは目の前の光景に、疑いつつもどこか理解していたかのように信じる部分さえもあった。


 色程度の見た目が変わったところで忘れるはずもない顔、彼は目の前に立つ変化したトラキアを見つめ、思わず腰に携えていたサイフォスを抜いて構えた。


 トラキアはその様子を見て嗤った。


「トラキア! やはりここに……だけど、どうして……魔物と一緒にいるんだ」


「そりゃ、俺が魔物の上、魔人になったからだよ」


 ナトスたちに衝撃が走る。


 力の勇者トラキアが魔王城の門番のように立ちはだかることや魔人になったという言葉の意味は、誰であっても理解できる。


 トラキアは魔王と契約し、魔人となった。


 まさかの展開だったのか、ナトスは怒りを隠そうとしない。


「あ、こいつだ……この声、そう、こいつが化け物だ……」


「トラキアアアアアッ! お前は! お前は何をしているのか、分かっているのか!?」


 魔人になった者は実のところ少なくはない。彼らは人の世界でまともな思想も持たずにまともに生きることもできず、自ら魔物になった唾棄すべき堕ちた人間として烙印される。世捨て人、人の世界を自ら諦めた者、そのような扱いになる。


「御託はいい。ここでお前に復讐を果たす!」


「復讐? もういい……お前との縁もここで断ち切るしかない……ここまで堕ちていたとは……」


「全員、ナトスを援護だ!」


 ナトスは怒りに身を任せることなく、怒りをその身に湛えながらも周りへの合図を忘れない。ドゥドゥナが叫び、勇者たちが陣形を形作っていく。


「させるか。雑魚どもは魔物と戦っていろ!」


 ナトスたちの予想以上のことが起こる。


 挟撃は間違いなかった。それは洞窟の出入り口に聖域を張ったことで、大橋まで出られない魔物たちが聖域の前でたむろしていた。


 だが、空から魔物が登場することまでは考慮できていなかった。風が吹く中、風の影響を全く受けていないかのように翼を持つ魔物たちが現れる。


「ナトスの旦那!」


「若干違うが、予定通りの挟撃対応だ! トラキア以外を頼んだぞ!」


 ナトスたちは二手に分かれる。ナトス、アテーナイのチームと、ドゥドゥナ、サモス、デルポイ、アルカディア、コリントス、エペソスのチームである。


「任せておけ! 魔物め、邪魔だ! 轟け! ケラウノス!」


 ドゥドゥナは手のひらに光を蓄えながら、魔物を目掛けて幾数もの雷を打ち付けようとする。


 ビシャッと水が激しく弾かれ叩かれるような音の後に、激しい稲光が魔物を捉え丸焦げにする、はずだった。

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