23. 死霊術師がすべての勇者を配下にするまで(後編)
ドゥドゥナは待ち構えている。自分から動く気を見せず、相手の出方を窺っている様子もなく、来れば相手になるといった表情のままで仁王立ちしていた。
ゼウスの勇者、全能の勇者と言えど、圧倒的不利な状況である。
過去の記録にも、ポセイドーンの勇者と言えば、ゼウスの勇者に匹敵する勇者であり、ヘルメースの勇者も戦闘力だけで言えば格落ちと言えど、状況によってはゼウスの勇者さえも超えることもあった。
しかし、ドゥドゥナは臆した様子を微塵も感じさせず、ただ待ち構えていた。
「2度だ」
「……2度?」
ドゥドゥナの言葉にナトスが反応する。
「理解が遅いようだな。先ほど我が立ち上がってお前に近寄ったことが1度目。これで我がお前に近付いてやるのが2度目だ。我に近寄る者は多いが、我が近寄る者などそう多くはない。光栄だと想え」
「言ってろ、ドゥドゥナ!」
アルカディアが先陣を切る。今回の要であるケーリュケイオンから持ち替えて、先の曲がった剣ハルパーを持った彼が瞬時にドゥドゥナの眼前に現れ、大きくその得物を真っ直ぐに振り下ろす。まだタイミングが違うと判断した故の独断であり、その独断に大きな間違いはない。
一太刀の軌跡が途中で止まる。
ドゥドゥナもまた先の曲がった剣ハルパーを持ち、互いの先端を引っ掛けるように横薙ぎに払っていた。
「アダマスの鎌。万物を切り裂くと言うが、所詮は神話のでたらめ、まやかしの類か。我のもお前のもただの刀剣よな」
ドゥドゥナもアルカディアもアダマスの鎌の本当の力を知らずに振り回し、子供の児戯のように何度も切り結んでいく。
一方が縦に振れば横に払い、一方が横に払えば縦に受ける。互いが対策の分かっている剣戟ごっこに終わりなどない。
故に、コリントスがまさしく横槍を入れる。
「突き抜けろ! トライデント!」
トライデントがアルカディアもろともドゥドゥナ目掛けて、風切り音とともに投げ放たれていた。
「げっ」
「防げ、アイギス」
アルカディアは胴体を貫かれ、断末魔もなく真っ二つになって上半身が床にべしゃりという音を立てて落ちる。
ドゥドゥナはとっさに大盾アイギスを出す。アダマスの鎌がゼウスとヘルメースの武器であったように、アイギスはアテーナーとゼウスの防具だ。神話で貸し借りのあった武器は、勇者にとって各個で持つ神器へと変質していたために、複数存在するという矛盾を超越して存在していた。
アイギスはトライデントの一撃を防いで何事もなかったかのようにドゥドゥナの前で静かに立っている。
「アイギスか」
「いかにも。アイギスがアテーナーだけのものだと思っていたか? しかし、薄情な奴だな。アルカディアを死に戻りさせるなど」
アイギスを置いたままのナトスと、同じくアイギスを目の前に据えるドゥドゥナ。2人だけを見れば防戦重視の戦いの様相を示す。
しかし、ナトスがその終わりを告げるように小さな笑みを浮かべる。
「いや、十分だ。これでもう終わりだ」
「……なに?」
訳の分からない顔をするドゥドゥナをしり目に、ナトスは二つに分かれたアルカディアに向かって口を開く。
「アルカディア」
「あいよ!」
ナトスの言葉を受けて、アルカディアは真っ二つから1つに戻り、ケーリュケイオンに持ち替えて、作戦を粛々と実行しようとする。
余裕を見せていたドゥドゥナもさすがの光景に焦りを隠せなかった。
「何故、何故ここでヘルメースの勇者が復活する!? 復活の場所になりえない! そもそも、復活には時間が!」
「ずっと悩んでいろ。カードゥケーウス! 対象、ドゥドゥナ、アイギス!」
アルカディアのケーリュケイオンは消え去り、代わりに彼の前に見覚えのある大盾が現れる。
彼が盗みの力で奪ったのは最強の盾、大盾アイギスである。
「くっ……ケーリュケイオンの能力か。だが、我にはまだケラウノスが」
「盗られたアイギスに防がれるけどな」
最強の盾が盗られた今、ドゥドゥナが頼るのは雷霆ケラウノスだった。
しかし、そのケラウノスもアイギスの前ではただの強い光を放つ発光体にしか過ぎない。最強は対策さえすれば、その力を無力にも陥れられる。
「くっ! 黙れ!」
「お前の負けだ、ドゥドゥナ。カードゥケーウス、対象、ドゥドゥナ、ケラウノス」
ナトスがアイギスを置いたまま、ケーリュケイオンを持ち、カードゥケーウスとその対象を叫ぶ。
すると、ドゥドゥナが溜めていたはずの右手にあった発光が消え失せる。
「なに!? ケラウノス! ケラウノス! ケラウノスゥ! まさか、ケラウノスが……使えない? 待て! そもそも、なぜ、ヘルメースのケーリュケイオンが二つも存在するのだ!? カードゥケーウスはヘルメース唯一の神器だろう!?」
「答える必要はない」
予想外。ドゥドゥナの頭にその3文字が浮かんでいたように一瞬だけ狼狽するも、咄嗟にハルパーを手に持つ。
「ふっ。かくなる上は、アダマスのか、まっ! いぎっ! おごごごっ……これは銀の矢……アポローンの勇者……貴様……」
三度目の動きは途中で止まる。
ドゥドゥナが振りかぶったはずの腕は銀の矢が刺さり、ハルパーは重力に逆らうことなく落ちてカンという甲高い金属音を放って黙る。
「今回のハイライトはデルポイ、振り回されるドゥドゥナの腕を正確に射る、だね」
「さあ、ドゥドゥナ……これで終わりだ。残念だが、許す気も見逃す気もない」
「ふっ……来るがいい! 我はドゥドゥナ! 決して過たず、故に決して詫びぬ!」
ドゥドゥナが手を広げ、足を広げ、全身をナトスに向ける。
これ以上は無駄だと思ったナトスが小さく溜め息を零した後に呟く。
「轟け、ケラウノス」
轟けの言葉通り、ケラウノスはドゥドゥナの全身を貫き、その威力によって焦げた肉を四散させて満足したかのようにバチバチという音とともに消えていく。
「デルポイ、今回のハイライトは?」
「あぁ……ナトス様、ケラウノスでドゥドゥナを散らす、だね……」
アルカディアの軽口に、デルポイもあまりの威力に反応した上で訂正せざるを得なかった。
しばらくすれば、ドゥドゥナはこの場に正義の勇者に処断されたアンデッドとして復活する。つまり、ナトスの配下がまた一人増えることになる。
それからしばらくして、遠くから綺麗な声が聞こえてくる。
「兄さま! パピアはやりました! 兄さま! パピアはやりました! 兄さま! パピアはやりました! 兄さま! パピアはやりました! 兄さまあああああっ! パピアはやりましたよおおおおおっ!」
綺麗な声が発していたのは褒めてほしそうな嬉々とした言葉である。
「パピア、お疲れ様。アテーナイ、エペソス、大丈夫だったか?」
ナトスは全員を労う形で呼びかける。キュテラが一番早く、一番大げさに反応する。
「大丈夫です! 心配してくださりありがとうございます」
「つつがなく」
「終了したよ」
「さあ、兄さま、サモスを」
キュテラはまるで獲物を見せびらかす獣のように、その右手でずるずると引き摺っていた塊を放る。
それは打撲跡がいくつも残して、ピクピクと小刻みに震えるサモスだった。
「えげつねえ……」
「あら、アルカディア。相手が抵抗していて、私は生かして兄さまに献上せねばならなかった。つまり、完膚なきまでに叩きのめすこと以外に方法がなくてよ? お分かり? 四肢があるだけ喜んでほしいくらいです」
キュテラの鬼気迫る表情に、アルカディアは怖気づいて無言のまま、数歩下がって会話から外れた。
「パピア、よくやった」
「兄さまからの労いのお言葉、これ以上の喜びは多くありません。最大のご褒美は、兄さまの、その、お慈悲ですけども」
ナトスはキュテラの視線がナトス顔から下の方へと向いたことに気付き、それ以上余計なことを話さないようにと決めた。
ナトスは動けなくなったサモスに膝を折って顔を近付ける。
「……なあ、サモス」
「……何?」
ナトスは聞きたかった。
「本当に自分が不治の病になったとき、助けてほしいと思わないのか?」
ナトスは目の前に気を遣う相手がいない中で、女性の本心を聞きたかった。
「くどい……私は憐れまれることを望まない……そして、治らないと分かっているなら、苦しみ続ける生き方など選ばない」
だが、サモスの本心はやはり、ナトスの思い描く答えに至らなかった。
ニレを生き返らせることに躊躇いを覚える。自分のワガママでないかと自問自答が再発する。
誰も答えを持たない問いに誰が答えられるのか。
ナトスはもはや突き進むしか道がないのだ。
「そうか……ありがとう。それでも、俺には最期まで分かりそうにない」
ナトスはそう呟いて、アダマスの鎌でサモスの首を刈り取った。
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