23. 死霊術師がすべての勇者を配下にするまで(前編)
神話でゼウスが使ったとされる武器は多い。数でこそ、ヘルメースにわずかながらに劣るが、ゼウスの使った武器は強力な物ばかりである。
故に、ゼウスの勇者、全能の勇者ドゥドゥナの扱える神器はどれも破格だ。その中でも、ゼウスを象徴する雷、雷霆ケラウノスは大盾アイギスでしか防げないとされる一撃必殺の神器である。
「……ケラウノスが防がれたか。つまり、それはアイギスか?」
「初手からケラウノスとはな」
ドゥドゥナはアイギスの登場で目論見が早くも外れる。最強の一撃だからこそ、ケラウノスは連発乱発できるものではない。
ナトスの読みは当たるもどこかドゥドゥナの場当たり的に見える行動に釈然としていないが、やがて、彼は一つの事実に行き着いた。
ドゥドゥナはナトスのことをほとんど何も知らない。ゼウスから聞いた中途半端な情報を鵜呑みにして、ナトスの状況を調べていない。
「そうか、分かったぞ。魔王の能力を欲しいと言っていたな。お前は他人の能力や神器を奪うことができるのか。つまり、アテーナーの勇者のアイギスを奪ったか」
ドゥドゥナの少しズレた解釈に、ナトスは思わず口の端が少し上がりかけ、必死に難しそうな顔をし始める。
ドゥドゥナがナトスの苦そうな表情に自身の当てずっぽうな答えが正解だと確信する。
「兄さま」
キュテラが剣を抜き放ち、ナトスの横に並び立つ。
ドゥドゥナがナトスの方へと近付く。サモスはケラウノスの巻き添えを喰らわないためか、先ほどから離れた場所に退避している。
「パピア、下がっていてくれ」
「嫌です。私も勇者です」
ナトスがちらりと横目でキュテラを見ると、彼女は先ほどの緩んだ顔や言い合いで少し怒ったような顔と異なり、戦闘時の敵を倒すという強い意志を帯びた勇者然とした表情になっていた。
「死ぬかもしれないぞ?」
「本望です。死んだら兄さまの正式な奴隷になれます」
ナトスは奴隷という言葉に引っ掛かりを覚えつつ、細かいことを言っている場合でもないため、ゆっくりと頷くだけに留まった。
キュテラはナトスの頷きに喜び、相手をすることになるであろうサモスを再び見据える。
サモスは使役の勇者であり、神々の逸話に出てくる幻獣や怪物の類を1体召喚して使役することができる。勇者としての格が上がれば、より強力なものを召喚できるようになる。
「……そこまで言うなら、死ぬ気でサモスを頼む」
サモスがどの程度の怪物を召喚できるか分からない。
しかし、ナトスはキュテラに任せることにした。仮にキュテラが負けるようなことになったとしても、自分がドゥドゥナを倒し、ケラウノスを手に入れさえすればどうにでもできると考えたからである。
「はい! 分かりました! 兄さまに勝利を献上します」
キュテラの表情は、まるで陽の光を受けている剣のように煌めき輝いている。それと同時に必ず遂行するという意気込みが彼女の闘志を熱く燃やしていた。
「献上って……アテーナイとエペソス、パピアの援護をしろ」
言葉の違和感を飲み込みつつ、ナトスはキュテラの援護役として2人の勇者を呼び出す。
「仰せのままに」
アテーナーの勇者、守護の勇者アテーナイ。
アテーナイは、透き通るような明るさを持つ白銀の長髪に加えて、サモスやキュテラと引けを取らない美しい顔とスラっとした容姿を持ち合わせている。また、アイギスを持った防御型前衛の役割ながら、服装がゆったりと動きやすい白いローブのため、僧侶や魔法使いのようにも見える出で立ちである。
髪の色と髪型が似ているからか、それとも声の質が似ているからか、そのどこかニレに似た雰囲気も持ち合わせているため、キュテラがアテーナイを意識することがしばしばあった。
ナトスは特段アテーナイを意識した様子もなかった。彼に言わせれば、ニレとアテーナイは似ている部分もあるが、明らかに違うのである。
「承知!」
アルテミスの勇者、連射の勇者エペソス。
彼女は満月の色を思わせる薄い金色の髪を短くまとめ、美しさよりもかわいらしさといった幼さも少し残るあどけない顔立ちと少し低めの身長、その容姿に合わせたかのように元気はつらつとした仕草や声色を持つ。
しかしながら、その容姿とは裏腹に弓士としての能力が高く、金の短弓から放たれる矢はほぼ確実に急所へと当たり、矢継ぎ早に放たれることから連射の勇者と呼ばれるのである。
「行きますよ」
こうして、キュテラはアテーナイとエペソスを従えて、どこかへ移動するサモスの後を追った。
玉座の間に残ったのは、ナトス、ドゥドゥナ、そして、突っ立ったままの兵士たちだった。兵士が使えないと悟ったドゥドゥナは彼らの存在を気にしないことにした。
「もうよいか? 待ってやったのだ。パフォスを傷付けぬようにな。奴は勝った時の賞品としてもらおう。アテーナイやエペソスもまあ、もらってやろうじゃないか。我がお前を倒してしまうのだから、慰め役も引き受けてやらんといかんだろう」
ドゥドゥナはどこからか現れたアテーナイとエペソスに一瞬驚くも、現れ方にあまり興味が持てなかったのか、すぐさまにその驚きを捨て去って、自身がナトスに勝った後のことを考えている。
ナトスがいなくなれば、彼女たちが自分のものになると、ドゥドゥナは信じてやまなかった。
「人をモノ扱いするな」
ナトスはアイギスを目の前に出しつつ、腰に引っ提げていたサイフォスを抜き放つ。ふと、謁見に際して帯剣を認められていたことを思い出し、それがドゥドゥナの絶対的な自信から許されていたのだろうと悟る。
本来ならば、ドゥドゥナは多くの敵をケラウノスで確殺できるからだ。
「逆だ。我と似たようなモノが我と同じ言葉を少しばかり理解して話しているだけに過ぎない」
ドゥドゥナは挑発的な様子も見せずにそのような言葉をナトスに放つ。すべては自分が最も尊ばれる存在であり、唯一無二の存在であると確信しているためだ。
「正直、反吐が出る」
「ふっ、死の間際だ。自分の気持ちに正直なことは許してやろう」
ナトスとドゥドゥナの睨み合いが続く。
「……手早く片付けよう。コリントス、デルポイ、アルカディア、出番だ」
ナトスはそう呟くと3人の勇者を呼び出す。
「御意」
ポセイドーンの勇者、破壊の勇者コリントス。
コリントスは波のようなウェーブヘアーであり、アルカディアと似た青系の髪型だが、似ているのは髪だけである。彼の容姿は厳つく、平均的な大人の男性の倍以上ある身長とどの部分も筋肉で盛り上がった体格から大型の獣のようだった。
その巨躯が全身に刺々しい金属鎧を身に着けているのだから、冒険者であっても震えあがるような恐ろしさを全身から放っている。
彼は水を操れる三叉の槍トライデントを構え、いつでも動けるような体勢で立つ。
「了解!」
アポローンの勇者、遠矢の勇者デルポイ。
太陽を彷彿させる赤とも橙ともいえる髪色が短く切り揃えているために天を衝くように上へと伸びている。まだ若いということもあり若干子供らしさの残っている容姿をしており、エペソスと姉弟で遺伝のためか、彼女同様に弓の名手である。
ただし、彼は彼女と異なり、連射精度がない代わりにより遠くへ飛ばすことに重きを置いた銀色の長弓を使いこなす。
「オーケー」
ヘルメースの勇者、多才の勇者アルカディア。
既にトラキアとの一戦から戻っており、今回のドゥドゥナ対策の要でもある彼は神器ケーリュケイオンを構えて、その時を待つ。
「少しは戦える勇者どもが勢ぞろいとはな。我でも手こずる気難しい奴らがお前の下につくとは、にわかには信じがたいものだな」
過去にドゥドゥナはコリントスやアルカディアを配下にしようと目論んで書簡を出すも、彼らにまったく相手にされることがなかった。
それが今、彼の眼前に雁首を並べているのだから面白くないのだろう。彼は歪んだ表情を隠さずに睨み付けている。
「お前もいずれそうなる」
「ふはは……今のセリフは中々に面白かったぞ」
「その笑顔のままで終われるといいな」
「はーっはっはっは! 雑魚ほど能書きを垂れるものだ。御託はいい。かかってこい!」
ドゥドゥナは4人の勇者を前にして、怯えることもなく、自身の勝利を確証もなく確信して高らかに笑った。
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