22. 死霊術師が全能の勇者と謁見するまで(前編)
ナトスは上には上があるものだと心の底から思った。
温泉町で使わせてもらっている王族の別荘はもちろん、キュテラに何度か連れられた王城よりも豪華絢爛な内装の場所があるものとは夢にも思わなかった。
「派手……過ぎないか?」
敷き詰められた大理石、壁や柱に使われている一点の曇りもない真っ白な石材、それらの装飾に散りばめられて使われている金や銀に様々な宝石。宝物庫の中身がすべて内装に使われているのではないかと誰もが思うほど、華美という言葉を幾つも重ねてようやく表現しきれるほどの場所。
それが全能の勇者ドゥドゥナと使役の勇者サモスの住む城である。
「これだけの金銀財宝に囲まれて何不自由ない暮らしをしてそうだと見せつけられるのは、その日暮らしも多い貧乏人としては中々辛いものがあるな」
この財宝たちの一かけらでもあれば、もう少し暮らし向きも良くなってニレにも楽をさせてやれるだろうに、とナトスは出すつもりのなかったため息が出る。
彼の隣では少し不機嫌気味のキュテラが若干頬を膨らませながら口を開いた。
「兄さまが生活で苦労なさっていることは存じておりますが、あえて一言申し上げるとするなら、王族は王族なりに大変ですけどね。違った意味で不自由も多いです。たとえば、恋愛とか自由にできませんし、覚えることも多いですからそれに時間を費やさなければいけません。それに加えて、私が最も嫌ったことが、周りの有力な人間を敵にしないようにしつつも言いなりにならないようにいろいろと考えて取り計らうことでしたね」
早口気味で不機嫌な表情を浮かべるキュテラを見て、ナトスはばつ悪そうに頬を掻く。
「あぁ、すみません。人それぞれ苦労はありますよね。気を悪くしたなら申し訳ないです」
「いえ、それは別に構いません。兄さまがそう思うのは当然ですし、私はあくまで一意見を述べただけです。それよりも! 私が気を悪くしているのは、腕組みのお預けを受けているからですっ!」
ナトスはキュテラの思わぬワガママに冷や汗を垂らす。
「いや、外というか……今からドゥドゥナ……様との謁見ですからね?」
ナトスとキュテラは今、衛兵2人にドゥドゥナの待つ謁見の間へと連れられながら、ほかにも衛兵が左右に立ち並ぶ廊下を歩いている。その中で妻ではない女性と恋人のように腕を組んで歩くことなど、彼の持つ常識の中に一切なかった。
彼は体裁を整えるためにドゥドゥナに様付けをして、衛兵の様子を窺っている。
「ドゥドゥナなんて、そんなのはどうでもいいです! それに、また他人行儀な言い方をしているし! 兄さまのバカっ! バカっ!」
キュテラの不満が爆発し、当たり散らすようにナトスの前に立ちはだかって、彼の胸を鎧越しにポカポカと叩く。彼は彼女の行為よりも言葉で気が気ではなかった。いくら彼女が同盟国の王女パフォスだとしても、呼び捨てでどうでもいいと吐き捨てるように言って、無礼にならないわけがない。
「キュテラさん、ちょっと……聞こえ……てないのか……。パピア、もしかして、銘無きケストスを使ったのか?」
「もちろん。2人……いえ、3人ほど不届きな輩が潜んでいましたからね。他にもいると面倒でしたから、全員に魅了を掛けてしまいました」
ナトスが周りをよくよく見渡すと、どの衛兵も呆けた顔で突っ立っているだけだった。
キュテラの持つ神器である銘無きケストスの効果により、衛兵たちはキュテラに魅了された状態に陥っていた。今は誰もがキュテラのために動く人形と化している。
さらに、豪華な装飾の陰に潜む暗殺者も魅了された状態でじっと待機していた。勇者でなければ、彼女の魅了に打ち勝てるものはいない。
「ありがとう。いてくれて助かったよ」
キュテラは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに小さく飛び跳ねて小躍りまで披露する。
「兄さまが褒めてくれた! 私がいて良かったと! ご褒美に、腕組みしたいです!」
「え……それは……ちょっと……」
ナトスは再び冷や汗を垂らす。
周りの目がないようなものとはいえ、堂々と腕組みをする気になれない。そもそも、魅了された者から見て、魅了してきている相手が他の男と仲良く腕組みをする光景は殺意が芽生えるのではないだろうか。
なんとか断ろうとしている彼はキュテラの勢いに押され気味で言葉が濁る。
「ご褒美! 腕組み!」
「はぁ……待て、待て。ここは敵地だぞ」
ナトスの小さな溜め息に、キュテラの口の端がわずかに上がって押しが強まる。彼女はナトスに抱きついて、駄々っ子のように頭を左へ右へと横に振りながら甘えてくる。
「ご褒美!! 腕組み!!」
「はぁ……言ったら聞かないのは困るんだがな。いきなりケラウノスが飛んできたら危ないだろう?」
「その時は絶対に兄さまが守ってくれるから安心です。むしろ、離れていた方が不安でうまく動けませんから、これが一番です」
「あのなあ……」
ナトスの溜め息を渋々の同意と判断したキュテラがすぐに彼の腕を取って、ぎゅっと自分の身体に寄せた後にそのまま彼の身体に寄っていく。
戸惑い諦めたような顔つきの男と、満面の笑みをきらきらと顔に映し出す女の腕組みが完成する。
「んふふ……んふふふ……ずっとこのような時間が続けばいいのに……んふふ……」
キュテラのご満悦な顔が続く中、ナトスは彼女に魅了された衛兵に連れられてもうしばらく歩いていく。先ほど見ていた廊下の装飾も豪華極まりないものだったが、謁見の間に近付けば近付くほど、上の上のさらに上といった装飾たちが現れる。
さすがの彼も数個くらい取ってもバレないのではないかと頭に過ぎった。その考えが過ぎってからというものの、ニレがこれを首飾りにして付けたらどうだろうかなどと想像して、彼の顔にも微かな笑みが浮かんでくる。
ただし、笑みを浮かべる2人の思いは大きく異なっていた。
「ここが謁見の間か」
ナトスは扉が開かれると同時に歩き出す。まだキュテラが腕組みをしたままだが、もう気にした様子もなく、奥の方に見える玉座に座る男と女に視線を集中させる。
「よく来てくれた、ナトスと美の勇者キュテラ。……しかし、ははははは! 面白い、我は初めてのものを見たぞ。美女を侍らせて見せつけるように入ってくる奴など」
ゼウスの勇者、全能の勇者ドゥドゥナはナトスとキュテラの腕組み姿に大きな笑いで応えた。
彼は栗色の短髪に同じ色の瞳を持ち、トラキアやアルカディアなどのほかの勇者同様に美丈夫である。さらに特徴的なのは身体の大きさであり、トラキアと同様かそれ以上の大柄で筋骨隆々の姿は熊と見まがうほどの雰囲気を醸し出している。
玉座にどっしりと構え、来るものをその鋭い目つきで値踏みしているかのようだ。
「こういうのを非常識と呼ぶのですね、ふふふ」
ヘーラーの勇者、使役の勇者サモスはドゥドゥナと同じく笑みを零すが、彼女の笑みが大笑いでないことはもちろん、どこか見下したような嘲笑的な意味合いも込められたものであった。
彼女はドゥドゥナよりも濃い焦げ茶と言われそうな色合いの髪と瞳を持ち、キュテラと並んでも遜色ないほどの美女であり、大人の持つ妖艶な魅力という点だけで言えばサモスに軍配が上がる。
彼女はナトスの魅力にも惹かれつつ、既知のキュテラの方に興味を持っているような視線を2人に送っている。
「お招きに……いや、申し訳ないが、普段通りの言葉遣いでいいか? 俺はただの冒険者だ。貴族や王族の話し方には慣れていない」
「あぁ、そんなことは要求せん。楽に話せばいい」
こうして、ナトス、キュテラ、ドゥドゥナ、サモスの会話が始まった。
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