20. 死霊術師が罠への招待を受け取るまで

 ナトスは多才の勇者アルカディアを仲間にした後、勢いをそのままにさらには四天王のアンテロスとデイモスを退けた。


 正確には、もう一押しのところで逃げられてしまったのだ。


 アンテロスとデイモスは、ナトスが死の神タナトスの転生体であると感じ取り、同時に死霊術師であることも知ることで、魔王アモルを裏切らないように瀕死のところで逃げ去っていた。取り逃がしてしまったことによって、アモルやティモルもナトスの存在を明確に知ったことは容易に想像がつく。


 その四天王との戦いから数日経って、ナトスが戦いの疲れもすっかりと癒えた頃、拠点としていた温泉町に1つの書簡が届いた。


「何が書いてあるやら」


 差出人はゼウスの勇者、全能の勇者ドゥドゥナと、その妻にあたるヘーラーの勇者、使役の勇者サモスの両名で、つまり、まだ仲間にしていない勇者の残りである。


 これから打って出ようとしていたナトスにとっては、どうしてか先手を取られた感じと、宛名がキュテラではなく自分である気持ち悪さが混ざり合って、封切りを少し躊躇っていた。


「時間を置いたところで書かれた文字が変わるわけじゃないぞ?」


「分かっているさ」


 ライアの小ばかにしている冗談を聞いて、ナトスはようやく重たかった腰を上げて、手紙を持ったまま机の方へと向かってペーパーナイフを手に取る。


 封切りの後に、彼はやはり腰が重たかったのか、どかりと椅子に座り込んで手紙の内容にゆっくりと目を通していった。


「えっと……なるほどな。情報共有と仲間になることの打診だな。しかし、何故、俺に?」


「ほう。まあ、ゼウスの勇者は唯一、自身を選定した神、つまり、ゼウスと交信ができる男だからな」


 ライアからこぼれてきた言葉にナトスは驚きを隠さない。彼は、神と交信できるということは、正しいと思われる道の方へと向かえるような神の導きを期待できると考えた。


「そうなのか」


「そうだ。ただ、交信と言っても、ほとんど一問一答か一方的な啓示のようなものだがな。ゼウスも気まぐれだから」


 気まぐれ。


 この言葉にナトスは引っ掛かる。ゼウスはドゥドゥナにどのような神託を下したのだろうか。それは彼にとって有利に働くのか、はたまた不利に働くのか。彼はどう行動した方がよいか。


 ナトスが考えるべきことは無数に増えていく。


「……俺宛なのは理解できたが、それでも、今の段階というのは明らかに警戒していないか?」


「それはおそらく私の計らいの結果であり、少し物事の転び方が良くなかったようだな」


 ライアは肩を竦めて、やれやれといった様子で小さな溜め息をこぼす。


「ライアの? 結果が良くない?」


「あぁ。ゼウスの勇者とヘーラーの勇者にはいつも取り巻きが多い。ゼウスは王族レベルを勇者にする傾向があって、ヘーラーはその伴侶を勇者にする傾向があるからな。で、だ。私からすれば、刃向かう全員を薙ぎ倒してもらっても戦力が増えるだけなので大歓迎なのだが、労力も考えるとなると労力の少ない方がいいだろう? それでどうにかならないかとゼウスに言ってみたんだ」


「いろいろと気になるが、そもそも、労力よりも一時的に失われる人命の方を気にしてくれ」


 ナトスは今回の発端がライアの気遣いによるものだと分かり、結果として上手くいかなかったものの恨むようなことなどなかった。むしろ、彼は彼女なりに動いてくれたのだと感謝している。


 ただし、以前から変わらず、人の命を軽んじている彼女の雰囲気に、彼は釘を刺さざるを得なかった。その釘を気にした様子もない彼女は柔らかく微笑んだ。


「私には有象無象の命よりもお前のことが大事だ」


「愛の告白か?」


 ナトスは思わず茶化した。ライアの微笑みはさらに笑みを増して普通の笑顔になる。


「あっはっは。たしかに。そうとも捉えられるが、そんなことをしてみろ。キュテラが一目散に飛んでくるぞ? 私が言っているのは単純に戦略的な話だよ」


「ははっ。だろうな。分かっていて聞いた」


 ナトスもまた、どこからともなく現れるキュテラを想像してしまい笑い顔をライアに向ける。


「ただ、そんなに女神の寵愛が欲しいなら、いつでもくれてやる」


「これ以上は遠慮しとく。最近は女神様と王女様の寵愛で食傷気味だ」


「あっはっは。そう言ってくれるな。夜だけで昼は解放しているだろう?」


「昼まであってたまるか。昼の家族の時間が大事なんだ」


 ナトスとライアの軽口の重ね合いは、もはや夫婦の掛け合いに近く、厚い信頼関係の下で行われていた。


 彼らは肌を重ねる度に、神と勇者の絆が深まっている。しかしながら、彼はニレ以外と一緒になることなど考えられなかったため、彼らの厚い信頼関係が男女の仲ではなく、あくまで神と勇者という仕事上の関係に近いものであった。


「そうだろうな。さて、話を戻すぞ。2人を配下にするにしても、労力は極力少ない方がいい。だから、同盟を結ぶフリをして討て」


「不意打ちか」


 ナトスは自分の発した言葉で笑顔がふっと消えた。ライアも彼に合わせて笑顔が消える。


「ヘルメースの勇者の時みたいに正々堂々と戦うというのもいいが、あれは先にキュテラが変な約束を取り付けて、ナトスが了承したからに過ぎない。普通なら」


「労力が少ない方がいい」


「そうだ」


「ちなみに、この招待が罠の可能性は?」


「100%、罠だな」


 ライアは再び笑顔を見せ、ナトスはうな垂れる。


「おいおい……だとすれば、どっちにしろ、総力戦じゃないか」


「相手の懐に入ってからの方が真正面から正攻法でいくよりも楽だろう?」


「まあ、そりゃあ……」


 ナトスはそれ以上に返せる言葉などなかった。たしかに一度懐に入ってしまった方がアンデッドたちを有効に使える。


「罠だと確信できるのはゼウスの勇者とヘーラーの勇者だからだ。神々は自分に似た者を選定する傾向にあるが、まあ、特にゼウスとヘーラーの勇者は毎度のこと癖と自尊心が強すぎる。他の勇者も大概だが、これらは格別だ。そんな奴らが神様に言われた程度で自分と同じ勇者相手に同等の立場での同盟など組むはずもない」


 ライアは勇者の監視者、処断する女神として、ゼウスの勇者やヘーラーの勇者にあまりよい思い出がないようだった。


 そのライアの態度に、ナトスは深掘りするような下世話なことをせずに話を切り替えようとする。


「そうか。だとすれば、レームノス、スキタイ、エレウシースはその場に呼び出さないようにしておくか」


 ナトスがキュテラを連れて行くか考えていたところ、噂をすれば影が差す、彼女がルームメイドとともにやって来る。


 ルームメイドの両手で持っていたお盆の上には、お茶とお茶菓子があった。色鮮やかなお茶菓子を見て、ナトスは自分の分をレトゥムにあげようと考え始める。


「ナトスさん、お茶をお持ちしたのですが、何かお話し中でしたか?」


「あ、いえ、俺……じゃなかった、私宛にこのようなものが来ておりましたので」


 ナトスとキュテラはルームメイドがいる手前、冒険者と勇者の体裁でやり取りを行っていた。


 手紙を受け取ったキュテラは視線を手紙に落としてすらすらと読み始め、小さく縦に何度か頷いてからナトスの方へと視線を戻す。


「……なるほど。では、私も向かいましょう」


「キュテラさんもですか?」


「ええ。勇者どうし、私も少しは話ができるでしょうし」


 キュテラは知っている。


 ドゥドゥナとサモスの夫婦が彼女の国と同盟国の王族だからだ。故に、彼女は2人の面倒臭さがナトスに被害を及ぼさないように自分がサポートに回ろうとしていた。


「そうですね。お願いいたします」


「もちろんですとも。あ、お茶はそこに置いておいてください。あと、ニレさんやレトゥムちゃんにも何か飲み物が必要か聞いて出してあげてください」


「かしこまりました」


 ルームメイドが立ち去ると、ナトスとキュテラはアルカディアの時のカードゥケーウスのように事前情報の入手を怠らないよう、ライアからゼウスの勇者とヘーラーの勇者のことを聞いていた。

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