19. 死霊術師が多才の勇者を倒すまで(中編)
キュテラは今回、景品だった。
正確には、アルカディアが突然やって来て、対等な関係でパーティーを組もうとしつこく提案してきた。それを彼女が嫌がっていたら、ナトスが止めに入ってしまう。
ナトスの横やりを不快に思ったアルカディアがナトスを「勇者でもない雑魚」や「勇者のお零れに与る寄生虫」などと散々に罵倒した結果、罵倒された彼以上に憤慨したキュテラが「ナトスさんに勝てたら、私が何でも言うことを聞いてあげるわ。でも負けたら、ナトスさんの下僕にでもなりなさい」とアルカディアに啖呵を切ってしまったのだ。
つまり、ナトスが巻き込まれた形でこの戦いが始まってしまった。彼とて、いずれ倒して仲間にする相手ではあるため、そこまで抵抗なかったことが不幸中の幸いである。
「あの男また……兄さまを雑用係ですって……? 私が兄さまをあいつのように雑用にするとでも……それに、兄さまを凡人と言い、あまつさえ、殺すなどと……できもしないでしょうが、その思い上がりだけで虫唾が走ります……。でも、あぁ、兄さま、私のために戦ってくれるなんて……嬉しい限りです」
キュテラはそう呟くと、自身の下腹部の辺りを優しく撫で回す。彼女の行動はまるでそこに赤子がいるような仕草だが、実際には何も居もしない。彼女はその行動を続けることで子が生せるように願掛けをしているに過ぎなかった。
以前それを見たライアは愛と狂気の為せる業と口に出さずに思う。
「はあ……それにしても……兄さまとの愛の結晶……いつになったらできるやら……」
勇者は勇者と定まってから子を生すことがほとんどできない。理由はライア曰く、勇者が子を生して身重になると鍛練すらも行えなくなる。それを避けるため、つまり、子どもが魔王討伐の枷にならないようにするための処置だった。
キュテラはこの事実を知った時ほど勇者であることを後悔したことはない。現状、ナトスと彼女の甘い連夜は、絶望的な確率でしか子を生せぬ彼女の心と身体の慰めにしかなっていない。
「さっさと負けを認めてもいいんだよ?」
キュテラが別のことに思いを馳せている間、ナトスとアルカディアの攻防に大きな変化はなく、ナトスが受け身寄りな行動を取りつつもしっかりと切り結んで対処しているといった具合である。
痺れを切らし始めたアルカディアは降参を促すも、傷1つ負っていないナトスが降参を認めることなどあるわけもなかった。
ナトスから再び溜め息が零れる。
「……アルカディアはお喋りしながら戦えるのか、羨ましいな」
アルカディアは笑う。
「そりゃ多少楽しんで遊んでやらなきゃ、お兄さんとなんて、あっという間に終わっちゃうからな!」
「たしかにな」
アルカディアの言葉にナトスはつい笑みを零して同意した。
「それにしたって、お兄さんさあ、いつまでも受け身じゃ俺は倒せないよ? まあ、本心では俺を倒せるなんて思っていないのかもだけど! 【ロック】【フォール】」
アルカディアの持つ神器ケーリュケイオンが光り、彼の周りに5つの人よりも大きい岩が出現し、ナトス目掛けて降り注ぐ。
「いつまでも受け身じゃダメか。たしかにな」
ナトスはいとも容易く降り注ぐ岩を避けていく。彼はアルカディアの猛攻にも怯むことなく、攻撃を捌き続けてひたすら待っていた。
ケーリュケイオンの隠された能力といわれるカードゥケーウス。
勇者に関する書物や吟遊詩人の語る英雄譚は多い。しかし、それらの中に現れるカードゥケーウスの情報が少ないわけではなかったが、情報がいろいろと錯そうしていた。
それは詐術さえも得意とするヘルメースの勇者の情報操作が入ったためか、それともまた別の理由か。いずれにしても、不確実な情報の真実を確認するために、ナトスはひたすら待っていたのだ。
アルカディアを配下にしてから聞き出すことも考えたが、まだ勇者相手だと言いたくないことは言わせることができないという力量差もあり、遠回りでも勇者が敵のときに情報を引き出すことにしていた。
さらに言えば、ライアに聞く手もあったが、まだ会うことがないと思っていたため、単純に聞くことを失念していた。そこから、聞くよりも実際に勇者が使うところを見ておくという考えに至った。
「さっきから気付いたんだけどさ。お兄さん、魔法への造詣が深いの? 一般的な魔法だと、筋や癖を読まれているようで全然当たらないよな」
アルカディアはハルパーを構えてナトスの眼前に迫り来ていた。彼が魔法を2回以上撃とうとすると、ナトスが弓を構えて攻撃を仕掛けようとするからだ。そのために、彼はハルパーによる近接物理攻撃、ケーリュケイオンによる遠距離魔法攻撃を交互に繰り返し、パターン化してしまっていた。
パターン化したことでさらに攻撃が当たる気配がなくなる。その展開のもどかしさにアルカディアは苛立ち始めていた。
「まあ、伊達に戦闘経験は積んでいないからな」
ナトスはこの境地に至るまでアンデッドにした魔術師たちとの訓練を繰り返していた。
魔法の威力は勇者の方が高いが、当然のことながらそれ以外の技術的な部分では魔術師の方が圧倒的に上回っている。今では魔術師3人同時の魔法攻撃程度であれば、彼は難なく躱せるまでに魔力の感知能力や魔法の軌道、範囲、特性を理解しきっている。
故に、彼が勇者の安直な魔法を受けるわけもなかった。
「なるほどね。キュテラちゃんはお兄さんの経験を買っているわけだ?」
アルカディアもまたナトスを分析し、何とか勝ち筋を見出そうとしている。ただし、本気ではないままで、目の前の雑魚であろうと思いたい凡人を圧倒的な方法で勝利することしか頭になく、完全にナトスを舐めきっていた。
「どうだろうな」
ナトスは似たようなパターンを繰り返すばかりの現状を変えるために1つ手を打つことにした。
「受け身じゃダメなんだったな? 【ファイア】」
「ファ!? しまっ、掠っ……ぐうっ、ばああああっ!」
アルカディアがハルパーの間合いから半歩ばかり離れた隙を突き、ナトスは左手をアルカディアに向けて【ファイア】を唱える。彼の左手から出た真っ赤な炎が勢いよく飛び出していき、想像もしていなかったアルカディアを驚かせた後に肩から頭のてっぺんまで熱すぎる抱擁をする。
「ぎいいいいいっ! あ、あづいっ! あづいいいいいっ!」
アルカディアはのたうち回り火を消そうとするも、纏わりつく火が中々消えないために髪の焦げた臭いをさせ始める。
「き、きえ、ぐあああああっ! ウォ、ウォ! 【ウォーター】! ぐうううううううううっ! っあらああっ! ……はあ……はあ……ふざけろよ……この威力……近接戦闘職じゃないのか!?」
アルカディアは自分の【ウインド】で削ってすり鉢状になっている地面の底へと転げながら、ケーリュケイオンも持たずに咄嗟の勢いで【ウォーター】を唱えて自身にぶちまけた。彼は全身に掛かった水圧にダメージを受けつつも火消しに成功する。
上から無表情で見下ろすナトスをアルカディアは恨めしそうに見上げて、先ほどまで苛立ちも含めた感情の全てを彼に言い放っていた。
「一言もそんなことは言ってないだろう?」
「じゃあ、魔法使いだとでも言うのか? いや、弓も使っていたな!」
ナトスの冷たい一言にアルカディアの混乱はますます深まっていく。
本来であれば、魔力の低い近接物理職が威力の出るわけもない戦闘用の魔法などをわざわざ覚えるわけがないし、貧弱なことが多い魔法職が同じような遠距離攻撃の弓を使うわけも重たい刀剣を持つわけもないし、弓などの遠距離物理職が近接戦闘を想定してダガー程度ならともかくサイフォスのような刀剣類を扱うわけがない。
ナトスが勇者ならば、ある程度の理解もできた。しかし、勇者でないはずのナトスでは、すべてがちぐはぐなのだ。
「まあ、何でも屋さ」
しかし、ナトスはそのちぐはぐさを何でも屋と表現して少しばかり自嘲気味な声色でアルカディアに告げる。
「何でも屋だと? 勇者でもないのに、中途半端な真似ごとをしやがって! あー、くそっ! 俺の顔や髪がボロボロじゃねえか! くそがっ! 頭に来た! 雑用係風情がっ! お前に見せるのはもったいないがしょうがない! お前にもう魔法を使わせねえ!」
「魔法を使わせない?」
アルカディアの言葉が今までとの別行動を示しているため、ナトスの不意打ち作戦は成功したといえる。彼は努めて無表情を貫くが、内心は作戦成功にニヤリと笑っていた。
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