19. 死霊術師が多才の勇者を倒すまで(前編)

 岩肌の目立つ荒涼とした岩石地帯。いくつもの隆起した岩が木のように林立しているため、岩でできた森林と表現しても間違いがない。そのある一画では金属どうしが激しくぶつかり合う音が響いていた。


 その音の出どころは、まるで誰かが拵えたかのような岩壁の円形闘技場であり、その中で2人の男がぶつけ合っている武器だ。


 1人は漆黒の鎧を纏い、黒のマントを羽織り、右手に真っ直ぐに伸びた刀剣サイフォスを持ち、左手に黒色のバックラーを身に着けているナトスだ。紫のメッシュが入った黒髪を揺らし、闘技場内を歩いたり走ったり隠れたりと移動し続け、赤い瞳が目の前の敵を常に追っている。


 もう1人は青色のウェーブヘアーをした美少年だ。美少年の様子を示すと、青系統でまとめている衣類の上に腕、胸、腰、肘、膝を守るための革の軽装鎧、つばの広い帽子、翼を模したアクセサリをつけたサンダル、先端が鎌のように大きく湾曲したハルパーが特徴的だった。


 青髪の美少年は宙に浮いており、移動し続けるナトスに向かって断続的にヒットアンドアウェイの攻撃を行っている。彼が迫り来るたびにハルパーとサイフォスが激しくぶつかり、どちらかが折れてもおかしくないと思えるほどの大きな金属音が鳴る。


 ナトスは大地を踏みしめ、青髪の美少年はまるで空中にありもしない足場があってそこに足を押し付けているようだった。


「お兄さん、やるじゃん。ま、凡人でも、装備がすごいだけあるよね。それはヘーパイストスの勇者の作った装備でしょ? いいなあ、俺も欲しいなっと!」


 青髪の美少年は、ヘルメースの勇者、またの名を多才の勇者と呼ばれるアルカディアである。彼はヘルメース同様に、商売、医学、計略、音楽、天文学、体技などのありとあらゆるものに長けており、戦闘力においてもゼウスの勇者、ポセイドーンの勇者と並び、現十二神の勇者の最強の一角を担っている。


 彼は多才と呼ばれるだけあり、攻撃方法も多彩である。空中からの強襲や元来の素早さを活かした上でのハルパーを持った近接戦闘もできれば、二匹の蛇が絡む装飾が施された杖である神器ケーリュケイオンを使った魔法攻撃による遠距離攻撃もできた。


 アルカディアはハルパーとサイフォスのぶつけ合いをやめ、階段を昇るかのようにタンタンタンと空中を駆け上がってから高い位置でナトスを見下ろす。


「さて……空中からの一方的な攻撃に耐えられるかな? 【ウインド】」


 アルカディアがハルパーから持ち替えたケーリュケイオンの先端が光った次の瞬間に、ナトスの居る場所に轟音とともに風が現れて、岩さえもガリガリと削るように吹き荒び、らせん状の深さ数メートル規模の大穴を開けた。【ウインド】の威力としては並の魔術師の繰り出せるものではなく、勇者としての底上げに加えて、ケーリュケイオンによる威力増加が行われていた。


 しかし、いかに強力な攻撃であっても当たらなければ意味がない。


 ナトスはまるで風が生み出される瞬間が分かっていたかのように、必要最低限の動きで風が猛威を振るう範囲から脱していた。


「ほう。俺の魔法を避けちゃうか……って、弓? どこから取り出したんだ?」


 アルカディアが不思議に思っていたように、ナトスはお返しとばかりにいつの間にか黄金と白銀の織りなす美しい短弓を取り出して、その弓に矢を番え始めた。


 この黄金と白銀の織りなす美しい弓は、アルテミスの勇者エペソスの神器である黄金の弓と、アポローンの勇者デルポイの神器である白銀の弓をナトスが扱いやすいように加工した合成神器である。


 この神器の持つ形態変化によって、神器がアポローンの遠矢とアルテミスの連射の2つの能力を有するため、ナトスはこの時代において無双の射手となっていた。


 彼は矢継ぎ早に撃ち続け、その全ての矢がアルカディアの方へと正確に飛んでいく。


「【ウォール】。っと、っと、怖い、怖い、いずれも俺の心臓を正確に狙ってくるなんて……まずまずだね。遠距離はマズそうだ。面倒だな」


 アルカディアの攻撃は多彩であるものの、体力と忍耐力が人より少しある程度の彼が主に取る戦法は空中からの一方的な攻撃だった。そのため、ナトスの弓矢による攻撃が思いのほか強力だったことで嫌そうな顔を隠しきれずにいる。


 彼はハルパーを持ち直し、ナトスもまた再びサイフォスに持ち替えて、互いが互いの方へと向かい得物を振り下ろし合う。どちらかが横に薙げば、相手が縦に剣を振り、またどちらかが切り返しに斜めに上から振れば、相手がそれに合い向かうように斜めに下から振り上げられる。


 2人の動きはお互いに分かっているかのように流れるような動きで、入念な事前稽古をしたかのような演舞のように繰り広げられる。


「ところで、全然喋らないね? 俺との会話はしたくない? それとも、キュテラちゃんがいる前では無口なクールガイでも演じているのかい?」


 何度かしのぎを削り合っていると得物の押し合いのような状態で硬直し、にいっと余裕そうな笑みを浮かべるアルカディアが軽口を叩く。


 ナトスは小さな溜め息を1つ吐いた後に、アルカディアに聞こえるか聞こえないか程度の声量で言葉を発する。


「……喋りながら近接戦闘に集中できないだけだ。指示、連絡くらいならできるけどな」


 ナトスはサイフォスの位置をずらし、アルカディアのハルパーが勢いでズレていく瞬間に、片手をサイフォスから離して、懐にしまい込んでいたダガーを手に持ち追加攻撃を試みる。


「おっと」


 アルカディアはそれに驚くも彼の反応速度よりも遅い攻撃に当たることなどなく、咄嗟に身を捩ってダガーの一撃を躱した。捩った勢いで空中から回し蹴りを繰り出すも、ナトスの反応速度もまた十分に速く、バックラーで回し蹴りを受けた後に弾き飛ばした。


 空中で体勢が崩れたアルカディアがあらゆる勢いを無視して、ナトスの攻撃範囲よりもずっと高い場所へと上がっていく。


「……また空か」


「あはは! やっと少し話し始めた。1対1の今は、ほぼほぼ喋らないってことか! 真剣にやってくれてありがたいよ! だけど、真剣にやったところで、勇者でもないお兄さんに負けるわけないから! 【ファイア】【アロー】」


 ナトスの独り言にも反応し、アルカディアは高らかに笑う。


 彼は本気を出すつもりがない。彼は自身が選ばれし勇者という自負がある。それも多彩な才能を持つ神ヘルメースともなれば格別である。勇者は特別だという感情が目の前の相手を格下に見る動機になる。


 多少の力量など関係ない。勇者は凡人よりもずっとずっと強い存在なのだから。


 その先入観が彼の目を曇らせる。


 彼の【ファイア】【アロー】が容易に避けられる。この時に気付くべきだった。異なる魔法を幾度もちょっとした動きだけで無傷のままに避けられることがどれだけあり得ないことかを理解すべきだった。


「しかし、他の勇者はともかく、なんで勇者じゃないお兄さんがいつまでもキュテラちゃんのパーティーなのか不思議でしょうがない」


 アルカディアは地方領主の跡取り息子であり、商売下手な上位貴族よりも経済力が高く、各国との貿易を通じて、各国王とも面識がある立場である。もちろん、彼はキュテラが強国の王女のパフォスであることは知っているし、彼女を一目見た時から自分の妻にしたいと息巻いていた。


 一地方領主の息子にしては身分不相応な望みであるものの、キュテラの父親が力の勇者トラキアに魔王を討伐したら彼女との結婚を許すとしていることはアルカディアの知るところである。つまり、トラキアに代わり、自分が魔王を討伐して彼女を手に入れる算段を頭に思い浮かべているのだった。


「ま、軽く調べた感じ、雑用係なのに、俺と戦うことになっちゃって大変だ! ここでうっかり俺に殺されても文句を言わないでね?」


「死んだらどちらにしても文句は言えないな。お互いにな」


「……あはは! 言うねえ! 俺にも言っているのかい? 誰に向かってそんな口を聞いているのか分かっているのか? 凡人風情がっ!」


 故に、アルカディアは誰とも手を組まなかったはずのキュテラがナトスと手を組み始めてから、ほかの勇者ともパーティーを組んでいることに納得いくわけもなく、さらには、風の便りで彼女が恋していると言われている相手がそのナトスではないかということでなおさら面白くなかった。


 その面白くなさそうな彼の言葉を面白くないと思う者もいる。それはナトス本人ではなく、近くで待機しているキュテラだった。

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