17. 力の勇者 さらに堕ちる(前編)
ナトスが着実に魔王討伐への道を進めていく中、彼の成長率をも超えるスピードで成長していく男がいた。
「はーっはっはっはっは! いよいよ、中級さえも手こずることなく制覇したぞ!」
その男は力の勇者、またの名をアレウスの勇者。そう、トラキアである。
ナトスと別の単独行動を取っていた彼は、最初こそ初級ダンジョンでも手こずるほどの体たらくだったが、傷を増やし、知識を増やし、経験を重ねることで本来以上の力を発揮するようになった。やがて、彼自身が神器を出現させられるようになってからは、ダンジョン攻略率もぐんと上がっていた。
すべては、ナトスへの復讐心が原動力である。すべてを取り返し、逆にすべてを奪う。まだどうすればそうすることができるのかは分かっていない。しかし、必ずそうすると決意したのだ。
彼は復讐のためなら、多くのものを投げ出す覚悟ができていた。
「経験も増えて、力強くもなったし、神器も出せるようになって、使い方もほぼほぼ覚えた。あの時は違う……まずは仲間を取り戻すか」
トラキアの中ではもう1人、叩きのめすべき相手がいた。今の状況になる原因を作った者だ。
彼の頭の中に浮かぶイメージは、怒髪天のように逆立った短めの白髪に浅黒い肌の男で、釣り目がちな下三白眼に大きなワシ鼻、肌が綺麗と言い難く少しボコボコとした表面で、サメのようなギザギザした歯が笑みで大きく開いた口から見え隠れする。
さらに男の服装はロングテールコートの執事服のようでありながら、色味は全体的に黄土色やベージュといった黄色みがかった色合いだった。
その男の名はティモル、またの名をフォボス。四天王の中の1人であり、魔王や他の四天王同様に十二神に激しい憎悪を持つ男だ。
「リア、プリス」
あのとき、彼女たちを先に死に戻りさせてから自分が死に戻りをすればよかった。
トラキアは今さらながら、そう後悔している。だが当時、予想外のことで気が動転していたり、自分が一番大切だったり、判断は一瞬でしなければならなかったりという条件が重なり、彼はまず自分が抜け出すことを優先してしまったのだ。
「さあ、行くか」
トラキアは数日の移動の後、因縁のダンジョンに辿り着いた。彼はここでの記憶で苦虫を嚙み潰したような表情をしつつ、すぐさま神器を取り出して進み始める。
ぐじゅり……ぐちゅ……
突如飛び出してきたスライムの攻撃を、彼は冷静に身を捩って躱す。次にスライムは粘性のある身体をめいっぱいに広げて、彼を覆うように跳び上がる。
「ふんっ!」
トラキアはスライムの薄くなった粘性のある身体の中にコアを見出した。普通のスライムよりも透明度の高いコアを彼が黄金の槍で一突きする。
コアが真っ二つに割れるとまるで高熱で蒸発するかのように、スライムの身体は少しの煙を出して消え去った。
「やはり、神器の威力はすさまじいな。しかし……」
ぐじゅ……ぐじゅ……ぐじゅる……ぐちゃあ……
次々と彼の目の前に現れるスライム。壁や天井の隙間が彼らの住処で同類を倒せるほどの獲物を前に我先へと彼に飛びかかろうとする。
「邪魔だ。【ウォーター】【ウォール】、【ウィンド】【ウォール】」
トラキアは先ほど倒したスライムのコアを齧り、魔法を詠唱する。前回の【ファイア】が効かなかった反省を踏まえて、試しに水魔法や風魔法を唱えた。
それが功を奏し、彼は水に触れたスライムの身体が見る見るうちに消え去ることを確認できた。風魔法は攻撃として大した効果を得られなかったものの、吹き飛ばし効果があったために、次の水魔法を放つだけの余裕が持てた。
「【ウォーター】【ウォール】。冷静になれば、なんてことのない雑魚どもだな」
トラキアは魔力補給のためにスライムのコアを次々に齧っていく。彼はモンスターを食べれば食べるほど力が増しているような気がして願掛けとばかりにモンスターを食べるようにしていた。
「強くなる……俺は復讐をする……」
トラキアがモンスターを食べて強くなっていることは、奇しくもナトスの死霊術師の能力が関係している。死霊術師の能力が上がり、ナトスがモンスターも配下にできるようになったことでアンデッドの合成、キメラ化もできるようになったのだ。
キメラといっても、着せ替え人形のようにパーツを変えるわけではなく、モンスターを食べることでステータスアップし、さらに、同種のモンスターをある一定数喰らうことで能力を獲得するというものである。
トラキアはアンデッドの中でも外れた存在になりつつあった。
「まどろっこしいな……【神馬召喚】」
トラキアは見覚えのあるダンジョンを一気に駆け抜けたいと思った。その解決策が【神馬召喚】、つまり、馬車を引く4頭の神馬を単体で召喚してみることだった。そこに現れたのは輝かんばかりの艶やかさを持ちながらも強靭な身体と体格を持つ馬だ。
しかし、自体を召喚することができたが、肝心の手綱や鞍、轡、鐙といった馬具が備わっていなかった。
「馬車の馬だけでは鞍も手綱もないのか……乗馬のスキルはないから難しいな。馬車では狭い所を通れないだろうし。仕方ない、焦らずにじっくりといくか」
従順な神馬とはいえ、何もない馬では駆け抜けることも難しいと判断したトラキアは無茶になることを諦めて、神馬を戻して歩みを進める。
その後しばらく、戦闘が続いた。前回同様、ありとあらゆるモンスターが現れ、前回とは異なり、ありとあらゆるモンスターを倒していく。
大型犬ほどの大きさをしたコケを纏ったネズミ、ジャイアントラット。濃い灰色の毛むくじゃらの小人、アッシュコーボルト。イボが目立つ緑色の肌をした小鬼、ケイヴゴブリン。岩肌をして道を塞ぐ岩人形の亜種、リビングウォール。
以前見覚えたモンスターたちを彼は弱点を探りながらすべて倒す。
「もっとだ。もっと力を……」
トラキアは以前逃げざるを得なかった悔しさや鬱憤をまるでぶつけるかのように一匹残さず倒し、そして、その血を、その肉を、骨に至るまでをすべて食らい尽くす。彼はいくら魔物を食べても満腹になることがなく、空腹感もないが満腹感もないといった様子だ。
やがて、彼は辿り着く。中盤、中層のボス、体躯3mほどの人型、全身が群青色の半巨人デミギガスが現れる大きく広い空間の前に彼は突っ立っていた。
「あのときは……」
ふとキャリィが頭に過ぎる。
トラキアは彼女をパーティーメンバーから早々に外したが、彼が思い返すと彼女がアンデッドになっていたとは聞いていない。つまり、生きてダンジョンから脱した可能性が高い。
そう思えば思うほど、彼は彼女の行為を裏切り行為と考えて、ギリリッと歯を食いしばる音を出す。
「どうして俺の周りはそんなやつばかりなんだ」
トラキアは頭の中にある復讐リストにキャリィを入れる。彼の復讐リストは何ページにもわたって記載されている。
「まあ、いい。行くか」
今のトラキアに、デミギガスの2体は決して難しいモンスターではない。故に神器を身に纏った状態で無遠慮に入っていく。
しかし、そこにいたのは2体のデミギガスではなく、怒髪天のように逆立った短めの白髪に浅黒い肌の男、四天王ティモルだった。
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