16. 死霊術師が四天王ハルモニアを討つまで(中編)

 ナトスたちは慎重に歩を進めていた。


 編成はキュテラとナトスの2人を中衛に据え、周りに前衛や後衛を配置している。呼び出したアンデッドの職業は多種多様で様々な状況に対応できるようにしてあり、さらに魔物のアンデッドはその周りを囲うように配置した。


 罠のない一本道のダンジョンとは言われているものの、それを鵜呑みにするわけにもいかず、ダンジョンやダンジョンに仕掛けられた罠に慣れた斥候と魔物が状況を確認するために先行していく。


 魔物が出現したら状況に応じて動きを変え、各個撃破、殲滅、アンデッドとして仲間にする、というものが過去に踏破したダンジョンで培った流れである。


「…………」


 ナトスは無言のままだが、仲間と協力して状況を確認しながら着実に足を進めている。その中で彼はライアの言葉を思い出して反芻している。


「ナトス。お前は勇者なのだが、12人の勇者と異なることが多い」


 ナトスはこの言葉の意味をよく理解できなかった。その彼の顔を眺めつつ、ライアが白湯で口を潤した後に、続けざまに彼に丁寧な説明をする。


「お前は死ねない。一度死んでしまえば、それで終わってしまう。私の神格ではお前を復活させるほどの力がないんだ」


 勇者と呼ばれる存在でありながら、自分は他の勇者のようには死に戻りができない。この話を聞いたとき、ナトスは驚きを禁じ得なかった。


 勇者であることの最大の恩恵は死なないことだ。勇者自身も、そのパーティーメンバーたちも一時的に「死」という強烈な概念から逃れることができる。


 この恩恵が勇者を勇者たらしめるはずだが、彼にはその恩恵が得られないという。


「勇者のパーティーに入っても恩恵を受けられない。何故なら、お前は既に勇者を討つ勇者。勇者とは基本的に敵対関係にある。たとえ、お前がそのことを隠してパーティー入りしても無駄だし、多くを知ってもなおお前を受け入れているキュテラに入れてもらったとしてもダメだ」


 魔王を倒す勇者でありながら、ほかの勇者と敵対する。ナトスはあくまでも第3勢力という位置付けであり、敵の敵は味方、という簡単な話でもなく、敵の敵もまた自分の敵であり手駒にしなければならないという話だ。


 もし彼に二つ名があるとするなら、アストレアの勇者とも正義の勇者とも呼ばれるであろう。その彼の背負う正義の文字は何を示すのか、彼にさえ分からない。


「慢心するな。いずれ魔王すら超える力を持つとしても、勇者ではなく、ただの人間の冒険者と思って行動すればいい。とは言っても、大丈夫だ、お前は些か慎重すぎる男だ。慢心などないだろう」


 ナトスは死を何よりも恐れていた。ニレやレトゥムという家族を守らなければならないという決意もあった。


 さらに、彼はタナトスとして存在していた頃に数えきれないほど「死」を見ることでその恐ろしさや厳しさ、儚さを知っている。前世の記憶など持つわけもないが、無意識のうちに彼の身体に染みついていた。


 そもそも「死」の概念を神格化した存在である彼が「死」を恐れるということは、傍から見れば滑稽に映るかもしれない。しかし、「死」とはそれほどに恐ろしいものということの証左でもある。


「ナトス。お前が恐れるべきはその捨てきれない優しさだ。それが死に繋がる。いいか、これから言うことを頭の片隅に置いておけ」


 ライアの言葉が片隅ではなく、図々しくもど真ん中に居座って全体に響く。


 いくら覚悟しようと染みついた性格や性質はそう変わるものではない。ナトスは何があろうと家族を生き返らせると頭で決心し、そのために必要なことを全て実行しなければならないと理解している。


 しかし、心はそう簡単ではない。


「アンデッドは仲間ではない。ただの駒だ。助ける必要もない。お前が生きていれば、アンデッドなどいくらでも復活できる」


 ナトスが周りを見渡す。


 アンデッドたちは統率の取れた動きをしつつ、会話もしてお互いの状況把握に努めようとしていた。そう、ナトスが逐一全てを指示や操作するわけにもいかないために、自律的に行動できる意志を持つアンデッドを召喚して小パーティーの指揮権を委譲している。


 もちろん、彼に何かがあれば、自分が受ける痛みなど歯牙にもかけずに彼の生存のために全力を尽くす。


「勇者も仲間ではない。最初は敵だが、いずれ駒だ。ものによっては倒すことが容易でないが、順序さえ間違えなければ、負けることなどない」


 ナトスはキュテラを見る。


 彼女は彼の視線にすぐさま気付き、にこりとかわいらしくも美しい笑顔を返す。この笑顔に揺らがない男はいないと彼でも理解する。


 ただし、彼はその笑顔を向けられて居心地が悪くなってしまう。いつか倒さなければならないからだ。その時にこの笑顔を向けられたら、彼は彼女を本当に倒せるのかと考える。いっそのこと、彼女に嫌われてしまった方がどれだけ気楽だろうかと彼が考えたことは1度や2度ではない。


「魔物なぞ敵に値しない、駒だ。今のお前は死霊術師としても強い。アンデッド系の魔物は何もせずともお前にひれ伏す駒になり、ほかの魔物も死ねばアンデッド化して、お前の駒になる」


 ナトスはアンデッド化した魔物を見る。魔物と言えど何かしらの形状をしており、動物型をしている魔物だけでなく、彼の配下の中には不定形のスライム状や液状の魔物もいる。自分の仲間に人以外がいるというのも不思議な気分である。


 自分の味方は死んでおり、自分の敵はまだ生きている。


「四天王はようやく敵に値する。しかし、お前なら四天王でさえ、アンデッド化させて駒にできるだろう」


 いよいよ、ナトスの心音が大きくなる。低位の魔物だけでなく、四天王のような高位の魔物もいずれ従えられる。


 そう考えた時に、ふと、彼は思う。


 全ての人や魔物が死に絶えたら、やがて、地獄冥府でないのにこの世界が死者の世界になり、その中で自分だけが生きているのか、と。


 もちろん、そうならないための【死者蘇生】である。ただし、全員を生き返らせるわけではない。それは横暴な独裁者が執行する選定と何が違うのかと自虐する。


「いずれ孤独になる魔王は正義の勇者に討たれる。そういう筋書きだ」


 ナトスはそこまでライアの言葉を思い出すと、溜め息だけしか出てこなかった。


 孤独な魔王。その言葉に違和感を覚える。先ほどふと思ったことと組み合わせると、いずれ孤独は自分に降りかかるのではないかと。


「そう、お前はいずれ全てを駒にして、目的を達成する」


 ライアとの会話を全て思い出した後、ナトスはことさら大きな溜め息を吐くしかなかった。彼自身、いろいろな感覚が麻痺しており、その自覚がある。


 彼は深く考えることをやめた。


「これじゃ、どっちが魔王って話だよ」


「兄さま? どっちが魔王とは?」


「いや、なんでもない」


 キュテラはナトスを見て何かを察した。彼女は彼のことをずっと見ていた。だからこそ、彼女は彼の言葉から彼の思っていることが分かる。


「……もし、兄さまが魔王になったとしても、私は最後まで兄さまの味方です」


「……ありがとう」


 ナトスはその言葉に正直揺らいでしまう。


 どんなことがあっても自分の味方であってくれる仲間がいる。しかも異性で、さらに加える情報があるなら、自分に身体を委ねてもいいと言っている絶世の美少女である。


 死と直面する機会が確実に増えている彼は、子孫を残そうとする本能が働くのか、危うい気持ちに駆られそうにもなる。彼自身が強い意志を持っていなければ、獣欲に溺れていただろう。


「危険だな」


 ナトスはキュテラにさえ聞こえないほどの小さな声で呟く。


 トラキアはこの本能に負けて従って幾多の女を抱いたのだろうか。ふと、ナトスはそんな考えがよぎり、その自分の考えを一笑に付してから歩くスピードを速めた。

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