16. 死霊術師が四天王ハルモニアを討つまで(前編)

 湯治の町に着いてから数か月が経過していた。


 湯治の町は地理的に都合よく、多くのダンジョン踏破や勇者討伐の拠点にしている。ニレ、レトゥムはもちろん、ライアも基本的には湯治の町に留まって、ナトスやキュテラの帰りを待っていた。


 ナトスとキュテラが旅をするということで、レトゥムからの厳しい視線もあったが、他の冒険者がいることで2人きりにはならないと判断したようで、彼女がついてくるような事態だけは免れた。


「兄さまが強くなると私も嬉しいです」


「……ありがとうございます」


 ナトスは既に2名の勇者を撃破していた。


「……何か思うことでも? 今は周りに人もいません。想いを吐露してくださいませ」


「……2人とも、魔王討伐に非協力的ではあったけど、何も悪いことはしていなかったんです」


 1人はヘーパイストスの勇者とも鍛冶の勇者とも呼ばれるレームノス。ヘーパイストスの勇者は過去に選定された者もそうだが、基本的に足の不自由な者であることが多く、そのために滅多に戦闘に参加することはない。


 ただし、彼は良質な武器や防具を作れば作るほど、勇者としてのレベルが上がるため、戦闘に参加する意義はあまりない。


「なるほど。でも、兄さまは誓ったはずです。ニレ姉さまとレトゥムちゃんを生き返らすために勇者を全員配下にして、魔王を打ち倒す、と」


「……そうですね。手段に戸惑って、目的を見失わないようにしないと」


 もう1人はヘスティアーの勇者とも聖域の勇者とも呼ばれるスキタイ。ヘスティアーの勇者は最初から神器を出せる特異な勇者であると同時に、ダンジョンに自ら入ることのできない勇者でもあった。勇者としてのレベルが上がれば上がるほど、魔物の侵入を防ぐ聖域を作れる聖火の灯せる数が増える。


 彼女は本来、他の勇者と手を組まなければいけないのだが、自分の故郷に引きこもっていた。それを無理やり引きずり出して討ったのである。


「他の勇者たちも変化に気付き始めています。補助系勇者の有用性と重要性は賢い者ほど理解していますから定期的に訪れていたのでしょうね。あの町に2人が集結したことで、このキュテラと手を組んだと考えていると思います。事実、私に勇者パーティーを組まないか、という仲間入りの打診も来ています」


 意図的に激しい戦いにならない補助系とも言える2人をアンデッドとして手中に収めたわけである。そのレームノスとスキタイは湯治の町でニレやレトゥム、ライアと同じように、客人としてあの小さな城に滞在している。


 そのため、湯治の町は聖域と化し、小さな城の中にはレームノスの専用の工房ができあがっていた。さらに、後から合流した仲間として、数体のアンデッド冒険者も配置することで盤石な拠点を築き上げたのだ。


 なお、この2名と邂逅したときの話は別の機会に記されるだろう。


「教えてくれてありがとうございます。ただ、その話の続きは後にしましょう。今はここに集中しましょう」


「そうですね。それにしても、ここがハルモニアのいるダンジョンですか」


 そうして次にナトスが向かったのは、勇者の撃破ではなく四天王の討伐だった。


 四天王ハルモニア。キュテラが知る限りだが、何人かの勇者が各四天王にそれぞれ挑んだ中でハルモニアが一番弱いとされている。正確には、まだハルモニアしか倒されていない。そのため、最も倒しやすい四天王ということで有名になっている。


 しかし、倒されても復活するため、不死身のハルモニアとも言われていた。実際は魔王アモルの【死者蘇生】により、ハルモニアが再び息を吹き返しているに過ぎない。


「調べる限りそうですね。ここの最下層でしか発見されていないから、おそらくこのダンジョンを住処にしていると思っています」


 ハルモニアが支配するダンジョンは、地下へと続く長い長い一本道で、苔むした岩肌を持つ洞窟である。ダンジョンの構造上、階層という括りは存在していて30階ほどの階層を持つダンジョンだが、下手な罠もなければ分岐もなく、そこに棲む魔物とひたすら戦って降りていくという単純極まりない場所だ。


 一本道である理由は、ハルモニアが蛇を使役しており、その蛇になぞらえてこのようなダンジョンを住処としているという話もある。


「兄さまの調査と私独自の調査に違いはありませんから、ハルモニアはここにいるのでしょうね。辛気臭さというか、危険な臭いを直感的に覚えています」


「そうですか」


 キュテラの言葉にナトスが理解したという意思表示でこくりと1回頷く。


「ところで、兄さま、お召し物が素敵すぎます。四天王を討たんとする本気度が伝わりますし、何よりかっこよすぎます」


「キュテラさん、ありがとうございます。そこまで言われると少し恥ずかしいですけどね」


 キュテラが全身純白の鎧を身に纏っているのに対して、ナトスは黒い衣類の上にヘーパイストスの作った漆黒の専用防具を要所に纏っていた。さらに彼は矢避けや魔法避けのためのマントも羽織っているが、それでさえも黒い。そのためか、彼の白い肌、黒髪に映える紫のメッシュ、仄かに光る鮮血のような赤色の瞳が際立ってしまう。


 最初の頃はアレウスの神器である黄金の装備を身に着けていたが、どうも金色の装備が性に合わなかったのか、槍以外を使わなくなった。鍛冶の勇者レームノスを仲間に早々と引き入れたのは自分なりの装備を整えたいという気持ちも入り混じっていた。


「もう! 兄さま! 周りにはアンデッドしかおりませんから、敬語を止めてパピアと呼んでください。冷たくしないでください!」


 キュテラは青い瞳を潤ませて、ガチャガチャと純白の鎧の音を立てつつ金色の長い髪を揺らしている。


 ナトスは意志のあるアンデッドもいるんだがなと思いながらも、これ以上は頬を膨らませながら抗議をしてくるキュテラの説得に時間を掛けても仕方ないと判断し、渋々縦に頷いてみせる。


「パピア、はしゃぐな。さて、隊列を組むぞ」


「はぁい……兄さまの優しいお叱りが素敵です」


 ナトスはキュテラの言葉を気に掛けた様子もなく10名ほどの人間のアンデッドと数体の犬型魔物のアンデッドを呼び出す。


 そう彼は死霊術師としての能力をさらに向上させ、ついには一部の魔物もアンデッド化して使役することに成功していた。


「数はこのくらいにするか」


 ナトスの使役しているアンデッドはもはや100や200という数字で表せなかった。その数は魔物型アンデッドも含めて数千を超える。本来であれば、数千にものぼる手勢で物量的に押し切ってもいいはずだが、彼はそうしなかった。


 理由は3つある。1つ目はダンジョンの通路が狭いこと、2つ目は大規模戦闘に彼が慣れ過ぎないこと、最後の3つ目は彼の魔力の消費量を抑えることである。


 ハルモニアが支配するダンジョンは通路が広くなく、要所だけ部屋のように広がっていた。通路では素早い小型の魔物が頻出するため、同士討ちを避けるためにも最低限の数とした。


 大規模戦闘を避けている理由は、人数による慢心を防ぐことや範囲魔法や範囲攻撃による一掃を避けることである。人数が多いと自分まで攻撃が届きにくいと安心しやすく咄嗟の行動を取りにくい。


 また、迂闊に集まっていると範囲攻撃で全滅になる可能性もある。魔物によっては敵対する人数によって大規模魔法を放つ上級魔物も存在するため、出ないという確証がない限りは警戒するに越したことはなかった。


 魔力消費は言わずもがなである。アンデッドの使役に魔力は消費される。実際は彼にとって大した消費量でもないが、有象無象を呼び出して無駄に消費するよりも少数精鋭をそれこそ倒れても起き上がらせて使う方が良い。


 まさにゾンビアタックだ。


「……準備はいいな。進むぞ」


 ナトスがそう呟くように小さな声で話しかけると、キュテラも他のアンデッドたちもゆっくりと無言でうなずいた。

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