7. 死霊術師が能力を芽吹かせるまで(中編)

 ナトスたちは依頼が完了し、パーティーで状況確認をしていた。


「アチェル、大丈夫? かなりひどい出血だったけど、【ヒーリング】効いた?」


 トスリはアチェルの胸の辺りを見る。そこには複数の血の出た跡があった。


「うん、大丈夫。ありがとう、助かった」


 アチェルは恥ずかしそうに胸元を隠す。それを見たナトスが予備に持ってきた上着を取り出し、彼女にそっと羽織らせる。


「あ、ありがとう……」


「さすが気遣いナトス!」


 アチェルが礼を言い、トスリは称賛した。彼女たちがナトスに抱き着きそうになるので、彼はさっと回避した。


「しかし、まさか報告外の弓系モンスターが5匹もいるとは思わなかったな……」


「すまん。俺が上手く察知できなかった。もう少し前衛寄りで状況を見ていたら……」


 ガディの言葉に、ナトスは肩を少し落として謝る。


「いや、ナトスのせいじゃない。ナトスは完ぺきだった。むしろ、モンスターが真正面から撃ってきたんだから、俺が盾でしっかりと防げれば問題なかったんだ」


 ガディがナトスをフォローしながら、自責の念に駆られ始める。ガディもナトスも自責に持っていく部分が似ており、2人で反省会を始めると終わりそうになかった。


「あー、やめやめ! アチェルも助かったんだから。ちゃんとした反省会は後でやろうぜ。ナトス、解体を頼めるんだっけか?」


「……ああ。任せてくれ」


 ファイが強制的に陰気な反省会を終了させる。ナトスは彼の言葉に応じて、依頼のモンスターを素早く解体し、全員に配分した。その際に少しだけ皆から色を付けてもらい、「ありがとう」と素直に受け取った。


「ナトス、めっちゃ優秀じゃん! いろいろできるし、噂で聞いていたより優秀だよ!」


「そ、そうか? ありがとう。いつも通りなんだけどな……」


 ファイの大絶賛にナトスが照れ隠しに頬を掻いていると、ガディが真剣な眼差しでナトスを見る。


「荷物持ちは荷物持ちしかしない」


「え?」


 ナトスが思わずガディの方を見る。


「職業適性がある職業人っていうのはある意味、敷かれたレールの上しか走らないトロッコのようなものだからな。レールの上では何よりも速いが、レールなしではちっとも動けやしない。だから、荷物持ちは荷物持ちしかしないし、戦士は前衛でしか戦わないし、魔法使いは魔法しか使わない。それが最適で、それ以外はできないことだらけだからだ」


「なるほど」


 ナトスが周りを見渡すと、全員が縦に頷いている。


「補足しておくと、司令塔は必要だから、誰かしらがリーダーをして周りを見なきゃいけないけどな。でも考え方が前衛寄りなり後衛寄りなりにリーダー次第で偏っちまう」


「まあ、そうだろうな」


「だけど、職業適性のないナトスは取り立てて得意なものはないが、その分、いろいろなことがちょっとずつ……いや、本職にはそりゃ劣るけれどもできるんだ。とくいはとくいでも、変わってるって方の特異ってやつかもしれないな。今までの苦労がそうさせたんだろうけど」


「褒めてくれてるって意味で受け取っていいんだよな?」


 ナトスは一息ついたガディにそう聞くと、ガディはニコリと笑顔で答える。


「もちろんだ。周りへの警戒力の高さ、的確な指示、全員に行き渡るフォローがとにかくすごい。戦闘に直接参加がほとんどできないってのは惜しい所だが、だからこそ、司令塔として文句なしの満点だ。ずっと仲間でいてほしいくらいだ」


「大歓迎!」

「うんうん」


 ガディの言葉に、トスリとアチェルが目を輝かせて同意している。その横でファイが呆れ顔だった。


「お前らはナトスの近くにいたいだけだろ……戦闘中以外、ずっとナトスばかり見やがって……」


「まったく、男の嫉妬は醜いなあ」


 トスリがファイにニヤニヤしながらそう言い放つ。


「誰が誰に嫉妬してるってんだよ……」


「いや、私、あんたの彼女じゃない……」


「その自覚あるんだったら、もっとしっかりしろよ……」


「あー、でもー、ナトスに迫られたらなびいちゃうかもー」


 ファイとトスリの漫才のようなやり取りが続いた後に、トスリがナトスの方に近寄るので、ナトスはどうしたらいいか分からずに困った顔をする。


「あはは……」


「見ろ、ナトスが困ってるじゃねえか」


「ちぇー」


 ナトスの乾いた笑いに、ファイとトスリが漫才を止めた。


「あっはっは……そうだ、ナトス。聞こうか聞かまいか悩んで、結局聞こうと思ったんだけどよ。ニレさんとレトゥムちゃんの最近調子悪いってのは本当か? ここんとこ、食堂に顔を出してないだろ?」


「あぁ……ちょっとな……心配なんだけど、でも、稼がないと薬草も買えないからさ……」


 ナトスは2人の調子が悪いと言って誤魔化している。


 レトゥムは自分で動けるが、体温が低く、触られると変に思われる可能性がある。アンデッドと気付かれることはないかもしれないが、何かの病気、伝染病だと勘違いされると流行る前に処分という可能性も出てくるのだ。生き返った後も同じ暮らしをするなら、そういうことは避けたいと彼は考えていた。


 ニレは自ら動くことはないが、彼の思ったように動き、話すことができる。試しにレトゥムと話をさせてみたが、まるでままごとをやっているような虚しい気分になった。


「ううっ……苦労が絶えないのな……医者には診せたのか?」


「バカ! 薬草も満足に買えないのに、医者なんかに診せられるわけないでしょ!」


「そうだよな。でもな、なんとかカンパとかできないかな?」


「ありがとう。だけど、大丈夫だ。今は起き上がれているし、きっと良くなるから」


 ナトスは一刻も早く蘇らせたいと逸る気持ちを抑えていた。


「……それにしても、ニレさんが大事な時に、トラキアの野郎、腹立つよな……遠征ができないからって、こんなに優秀なナトスを解雇しやがって!」


 ナトスは解雇の理由を教えてくれと言われた時にそう答えるようにしていた。彼は療養中の妻子がいて、トラキアが次のステップとして、ようやく討伐の旅も考え始めているという話にしている。


 実際、トラキアはその話に乗っかっている。彼とて、ナトスが自分の女を寝取ろうとしていたという理由よりもずっと信憑性のあるその理由の方が願ったり叶ったりなのだ。


「でも、あいつ、最近中級ダンジョン辺りで失敗続きらしくてな。よく逃げ帰っているらしい。時期的にもナトスがいなくなったからじゃないか? あいつが司令塔できるとは思えんからな」


「どうかな……俺、補助しかできないし」


 ガディはフッと笑った。


「それはさっき言っただろ? まあ、いい。それで評判も悪かったから、ついに王様にも咎められてしまったらしくてな。たしか、上級ダンジョンで一発逆転を狙いに行ったらしいぞ?」


 ナトスはガディの言葉に目を丸くした。


「は? 何だって中級で逃げ帰るのに上級なんだ?」


「何でもその上級ダンジョンには過去の勇者が装備していたとかいう伝説級のアイテムがあるらしくてな。取れりゃ魔王討伐の足掛かりにもなるだろうけど」


 伝説級のアイテム。ナトスは、そのような話をライアから一度たりとも聞いたことがない。忘れているのか、存在しないのか、まだその域に達していないからか。いずれにせよ、彼の直感的には、その伝説級のアイテムの話がきな臭さしか感じない眉唾物の話だった。


「へぇ……」


「まあ、あんな奴らでも多少は意味があったんだけどな」


 ファイがちょっと冷静になったようで、急にトラキアのフォローを始めた。


「え?」


「いや、最近、トラキアも失敗続きだけど、それまでは中級ダンジョンの依頼は大抵、トラキアが人のをぶん捕ってまでこなしてたからな。それがなくなったから、ここ1週間で、多くの冒険者が欲をかいて中級に手を出し始めたんだよ」


「そうなのか?」


「そうなんだよ。大規模なパーティーグループならいいけど、取り分の欲しさにパーティー単体で行く奴らもいるらしい。今のところ、数名しか死人が出てないようだが、このままじゃ、大量の死人や行方不明者が出るぜ」


 中級ダンジョンまでは決して攻略が難しいわけではない。ただし、中級は通常の冒険者であれば、複数パーティーが共同で挑むようなところである。もちろん、その分、報酬は分配されるため、初級ダンジョンよりは少しばかり実入りが良いといった程度だ。


「そうか……それはちょっと困るんじゃないか?」


「ま、なってほしくはないが、死人が大量に出れば、落ち着くだろ。じゃ、ギルドに寄ってから解散とするか」


 その後、歩きながら全員で改めて反省会を行ってから、冒険者ギルドで依頼達成報酬や解体品の売買を行った後、ナトスは酒場にもどこにも寄らずに帰宅した。

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