7. 死霊術師が能力を芽吹かせるまで(後編)

 ナトスが家に着く。台所ではライアが料理中であり、レトゥムは机で何かのお絵描きをしていた。その隣の寝室に、ニレが半身を起こして静かにしている。ニレを起きているように見せているのは、レトゥムが寂しがらないようにする配慮である。


「ただいま」


「パパ、おかえりー」


「おかえり」


 ナトスは最初、ニレもレトゥムも寝かし続けた方が良いかとも思った。しかし、レトゥムが動き回ることによって、ニレがそれを見ることによって、彼女が回復することも見込めるかもしれないとも思い、今の状況に落ち着いたのである。


 しかし、1か月近く経って、成果はない。強いて言うなら、彼が彼女を上手く操れるようになったくらいである。将来は人形師もいいかもしれないと自虐ができるくらいの上達ぶりだ。


「レトゥム、ちゃんとライアお姉ちゃんの言うことを聞いていたかな?」


 レトゥムがお絵描きに夢中になっているため、ナトスからそっと彼女に寄って話しかける。


「うん! ね? ライアちゃん?」


「そうだな。レトゥムちゃんは良い子にしていたぞ」


 早くお互いに馴染めるようにと、レトゥムとライアはお互いにちゃん付けで呼び合うことにしていた。ライアは料理がほぼ準備できたようでナトスとレトゥムのやり取りを見つめている。


「あと、私ね、お母さんが良くなるように、いっぱいいーっぱい、お母さんの元気な絵をいっぱい描いているんだよ。ほら!」


「お、おお……そっか、それはお母さんも嬉しいだろうな! きっとお母さんも早く良くなるに違いないな。さ、ご飯の準備をしようか」


 無邪気なレトゥムの笑顔に、子どもらしいタッチで描かれたニレの笑顔の似顔絵に、ナトスは少しの戸惑いを見せつつ、気丈に振る舞う。


「うん! ライアちゃん、今日のご飯は何なの?」


「言ってなかったか? 今日はだな」


 レトゥムには、ニレが体調を崩しているということと、ライアがニレの友達でもあるということを説明して、この奇妙な共同生活を始めていた。


 彼女はナトスの死霊術師としての練度が上がったことにより、ほぼ普通の人間と同じ生活を送れるようになっている。飲食も運動も排泄も睡眠も各臓器の動きもほぼほぼ人と同じような動作にできていた。


 彼女が当初抱いていた身体の違和感は解消されつつある。後は体温を上げられれば、外に出しても問題ないだろう。彼女も1か月ほどは外出しても誰もいない所での散歩程度のため、大好きな食堂のおばあちゃんに会いたくてうずうずしている節がある。


 しかし、やはり死体は死体、限りなく生に近くとも、それは死が生を模倣しているに過ぎない。彼の魔力が切れてしまえば、たちまちすべてが動かなくなる。


 やがて、夕食を終え、寝室へと向かうナトスとレトゥム。2人を見て、ニレがニコッと微笑む。


「おやすみ、ニレ、レトゥム」


「おやすみ、パパ、ママ」


「おやすみ、あなた、レトゥム」


 ナトスがニレを動くように話すように指示している。彼女は彼の思ったとおりに動く。彼女は彼の思ったようにしか動けない。


 彼女の声を聴くたび、彼女の微笑みを見るたび、彼は胸がズキリと痛む。そうして、ニレとレトゥムが寝室で仲良く寝静まった後、ナトスは別室に向かい、ライアに話しかける。


「なあ、ライア、とある上級ダンジョンに伝説級のアイテムがあるらしいが、何か分かるか? 過去の勇者の装備とか、そういったものはあるのか?」


 ライアは白湯をナトスに渡して椅子に座った後、彼の言葉に首を傾げる。


「伝説級のアイテム? 上級ダンジョン? 神器のことなら、そんな所にないぞ?」


 そう言い切った後に、ライアは白湯を少し冷ましながら飲む。コクコクと小さな喉を鳴らしている。


「じんぎ? 初耳だが、そんなものがあるのか?」


 ナトスはコップに手を掛けるもまだ白湯を飲まずに、ライアに神器の話を続けるように促す。彼女は白湯を飲み切った後に小さく息をふぅと吐いてから言葉を口にする。


「すまん、失念していたな。神器は神の所有する武器ないし防具、道具、あるいは、能力などの模倣だ。模倣と言っても、強さも能力も遜色なく、つまり、ほぼ同等だ」


 神の武器。いよいよ、死なない以外の勇者の恩恵を知ることができた。ナトスは少しばかり興奮する。小さい頃からの夢は歪に変化したところでその輝きをまだまだ失っていないようだ。


「それはすごいな。どこにあるんだ?」


 ライアは少し嬉しそうに微笑む。ナトスが見せる笑顔に彼女も癒しを覚えていた。


「神器とは、勇者がある程度成長したら自然と出せるものだ。つまり、勇者自身が既に内包している神の力の顕現、具現化したものだ。もちろん、それぞれ形や能力が異なる」


 ライアがすっと指を上げて、ナトスの胸の中央部を指し示す。


「神器はいろいろとあるのか」


「そうだ。神によって異なる。まあ、力の勇者は未熟故に出せないようだがな。そして、すべての勇者の力を得るナトスなら、すべての神器を出せるようになるだろう。13の神器を纏う勇者か。人間としての埒外も甚だしいな」


 人間としての埒外、それは超人とも言えるし異常とも言える。ナトスは自分がどうなってしまうのかと思うに至り、少しばかりトーンダウンしてしまった。


「……なんだろうと魔王が倒せるならそれでいい。あと、噂になっていたな。中級ダンジョンが活況でいずれ大量の死者が出るんじゃないかと」


 ナトスの顔が先ほどの笑顔から真剣な表情になる。それに反して、ライアは、クスクスと笑った。まるで小ばかにしたような小さな笑いは誰に向けたものかは次の言葉で分かる。


「……そうか。私からすれば、もうとっくの昔に大量だがな。もしくは、この数にしか見えないからそうなるのか? たしかに、ここには、5名しかいないがな」


 突如、ナトスの横、空中に紫の魔法陣が描かれ、その魔法陣から5人ほどの人が出てきた。いずれも冒険者の出で立ちであり、若い者もいれば、歴戦の戦士を思わせる者もいた。


「どうだろうな?」


 彼らは既に死んだ人間、つまり、ナトスが使役できるアンデッドだった。ナトスの前に片膝をつく者もいれば、まるで眠っているままで立たされているかのように棒立ちの者もいた。


 これらの違いは、ニレとレトゥムの違い同様に、魂が壊れているかどうかによる違いだった。死ぬ間際に何かしらで魂が修復できないほどに精神的に壊れてしまった者は意識がない。意識のある者は自我によって、ある程度自律した言動がとれるが、意識のない者はナトスが指示するほかなかった。


「最初は死霊術師としての練度が低く、一度冒険した仲間じゃないとアンデッドにできなかったからな」


「おかげさまでいろいろな冒険者と知り合いになれて、職業固有のスキルの話とかもできた。練度が上がって、その制約がある程度取れた後も続けて、ざっと100人以上と依頼をこなしたな。……その内、30人は俺のアンデッドになってしまった。今日出会ったばかりのアチェルもな……」


 ナトスは目の前にいるアンデッドを見る度に、彼らと笑い合ったことを思い出す。さらに、アチェルは敵に射貫かれた際に即死だったようだ。つまり、その場でナトスがアンデッドにしたということである。


「残りも彼らが死ぬのを待つばかりだ」


「……そういう言葉を使いたくはないな」


 ナトスはさすがに彼らの死を待ち遠しく思うような気にはなれなかった。


「気持ちはわかるが、どのような言葉にせよ、結果は同じだ。それならば、分かりやすい方がいい」


「…………」


 ここにいるのは、死んだ際に仲間に見捨てられてしまった者たち、もしくは、自我のなくなった者たちだ。死んだはずの人間が町をうろちょろするわけにもいかないので、魔法陣の中に格納されている。


 パーティーごと全滅したような人間たちは誰として死んだと知らないので、自我のある者は元通りの生活をひとまずさせており、自我のなくなった者はこの魔法陣の中に格納されている。


「そもそも、ナトスが直接手を下せば一番簡単なんだがな。既に並の冒険者ならナトスに敵わないだろ?」


「……おい。さっき、ライアは気持ちが分かると俺に言っていなかったか?」


「気持ちは分かるぞ。だが、それで最も合理的な選択肢が変わるわけがないだろう? 感情と理屈は別だ。手っ取り早く力を増したいなら、直接手を下した方が早いことには変わりがない」


「……そうか」


 ナトスは直接手を下していなかった。死霊術師の能力、【死体転送】と【死霊化】によって、ダンジョンなどから強制的にナトスのもとへと転送されて、彼らはアンデッドになったのだ。


 ナトスが【死者蘇生】を得た暁には、彼らも生き返らせることができる。ダンジョンで野晒になってただただ朽ち果ててしまうよりは彼らにとっても良い、と彼は思い込むほかなかった。


 いずれにしても彼らに拒否権はない。自我があっても、話さないくらいの抵抗しかできず、ナトスにそれ以上は逆らうことができない。


「……だとしても、しなくていいことはしたくない。俺は自分の我儘で皆殺しにするような狂人にまでなるつもりはない。必ず目的は達成する。必ずだ。それでいいだろう」


「……まあ、そうだな。それで目的が達成できるのなら構わない」


 ライアの言葉を聞いたナトスはぬるくなった白湯を一気に飲み干した後、アンデッドたちを魔法陣の中に戻す。


「寝るぞ……おやすみ」


「そうだな、おやすみ」


 ナトスは寝室へと向かい、ライアは姿を瞬時にどこかへと消す。彼女が神界に戻っているのか、別の場所で寝ているのか。考えても、彼には分からなかった。


 ナトスはニレとレトゥムの隣で横になり、ふと考える。アチェルを助けられなかったのか、アチェルを助けなかったのか。考えても、彼にはよく分からなかった。

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