7. 死霊術師が能力を芽吹かせるまで(前編)

 ナトスが死霊術師、勇者となって数週間が経とうとしている。彼は早速、トラキアを倒すのかと思っていたが、ライアの正義の天秤が時期尚早と示しているらしく、それまでフリーの冒険者として活動することになった。


 トラキアがキャリィを臨時でも採用したことと、トラキアが休暇中だと吹聴していたナトスが現れたことで、ナトスに解雇通知があったことは誰の目から見ても明白だった。そのトラキアの仕打ちもあってか、ナトスは毎日日雇いで代わる代わる別の冒険者たちと組んでもらっていた。


 ここは城下町とあって、冒険者が数多い。そのため、彼は既に100人以上の冒険者と組んで、ダンジョン探検や魔物退治依頼の達成をしてきた。彼にとって頃合いでもあった。


「ナトスの準備する飯って美味いな」


 そうナトスに話しかけたのはガディという今日の冒険者パーティーの前衛だ。そのほかにファイ、トスリ、アチェルというメンバーの計5人でナトスは冒険者の依頼をこなしていた。


 ガディは重装士という防御型の男である。彼は鈍色のフルアーマーを纏い、そのガタイのいい身体をすっぽりと隠せてしまうほどの大きな盾でモンスターの攻撃を受ける。


「だって、ニレさん、魔法料理人なんだぞ。料理は美味い上に、魔法料理だから一時的にパワーアップまでしちまうんだぞ!」


 そう興奮気味に話すのは、ガディと同じく前衛型のファイという青年である。ただし、彼は動きやすい服装と急所だけに鉄装備をしている軽装スタイルで、腰に引っ提げた双剣を武器に素早い動きで相手をかく乱する双剣士だ。その身軽さ故か、口の早さも早く、軽快なものが多い。


 ちなみに、ナトスが準備した飯は自分で作ったものである。ニレの魔法料理人の適性を自分のものとしたことで、味や魔法料理としての能力値を再現している。これを食べている時、自分で作っているにも関わらず、彼は彼女にありがとうと感謝する。


「おぉ、そうなんだよ。って、よく知ってるな」


 ナトスは興奮気味のファイに若干押され気味で会話に参加する。ナトスは肌も瞳も髪の一部も色が変わってしまっているが、ライアによって前と同じ黒色の瞳、髪、そして、白から少し焼けた肌に擬装されていた。


 そのナトスをトスリとアチェルがとろんとした目で見つめている。どうやら彼女たちはナトスの魅了に当てられてしまい、平常時はナトスしか見たくなくなっているようだ。


 トスリは僧侶の女の子だ。彼女はプリスと同じ僧侶に分類されるが、回復重視のプリスに比べて、拳大の鉄球が付いた棍棒を振り回すことができるパワー系僧侶だ。そのため、帽子も被っておらず、服の丈も短く、至って動きやすい服装である。


 アチェルは弓使いの女の子だ。主に後衛を担当し、バックアタックに対しても、職業適性のおかげで対応できる強みを持っている。彼女も軽装だが、弓使いとしては十分な装備である。


「おいおいおいおい、まさかお前が知らないのか? ニレさん、週に1回、多い時には2回、いつもの食堂で働いているだろう?」


 ファイがナトスの目の前までずずいと近寄って来るので、ナトスは思わず両手が出て、ファイの顔を近づけないように制止させる。


「ち、近いぞ……。あ、あぁ……いつも眠たそうなおばあちゃんが外で日向ぼっこしている食堂だろ。レトゥムが懐いているんだよな。だから、安心して預けられるし、その恩もあってそこで少し働かせてもらっているって」


 ナトスはニレとの会話を思い出す。彼女が良くしてもらっていること、レトゥムが楽しくしている風景、来てくれるお客さんとのやり取り。彼は楽しく喋っていた彼女を思い出し、胸がズキズキと痛む感覚に見舞われる。


「そうだよ。ニレさんが出ている時だけの特別メニューがあって、超人気なんだぞ? その日には冒険者も町民も関係なく、朝から長蛇の列なんだぞ」


 ファイはそんなナトスの小さな変化には気付かずに、少しだけ元の場所に戻って話し続ける。


「そうだったのか?」


「そうだったのか、って……くー、ナトスは毎日毎食、ニレさんの飯が食えるから気にしたことないんだろ!」


 魔法料理人は貴重な職業適性である。料理人と違い、魔力を込めることができ、一時的なステータスアップが得られるためである。貴重な職業適性は教会から独占禁止人材に指定され、たとえ、貴族や王族、勇者でも恣意的に囲うことはできない。


 特に魔法料理人は冒険者や勇者との相性が良いため、民間への貢献の方が重視される。こうして、ニレはある程度の自由を得られていたのだった。ニレがある程度働いていたのは、稼ぐこともそうだが、民間への貢献度を一定以上に上げるためでもあった。


「いや、まあ、ニレから自慢話は聞かされていたけど、まさか、そこまでとは……」


「それに美人だからファンもすっごい多いんだぜ? 既婚者って知ってて言い寄る奴もいたしな。ありゃ、まんざらでもないかもな」


「え、まん……そんなことニレから聞いてないぞ!」


 ファイの言葉に、ナトスが急に反応して立ち上がる。彼はニレの武闘家スキルの1つ、【威圧】が思わず出てしまうほどに動揺してしまった。その威圧によって、全員が凍り付いたかのように固まる。


「あ……いや……すまん、驚かせて……」


 ナトスが静かに座る。その後、ファイが頭をポリポリと掻いて、バツ悪そうな表情で口をゆっくりと開く。


「い、いや、完璧に俺が悪かった。すまん。さすがにお茶目な冗談じゃすまないわ。すまん。しっかし、ナトスは意外とヤキモチ焼きなんだな! 安心しろよ、ニレさん、ナトスにベタ惚れで全然男どもを相手にしないし。いつも、しれっとあしらっているよ。花をもらった時なんて、「まあ! ありがとう。これ、ナトスが大好きな花なのよ!」とか、言い寄っている男に言いきっちまうからなあ」


 ファイはニレの声真似みたいなものをしつつ、ニヤニヤとしながらナトスを見ている。ナトスは少し照れた様子で頭を掻く。


「そ、そうか……」


「ってか、それ、昔のあんたじゃん?」


「……は?」


「お、おい、トスリ! それを言うな……い、いや……ナトス……さん? その、ごっ!」


 突如会話に参加したトスリの一言でファイの笑顔が固まり、次の瞬間、ナトスの両手がファイの首をそこそこの強度で締め上げる。


「ご、ごめ……ギ、ギブ……ギブアップ……ずみまぜんでじだ……マジで勘弁じでぐだざぁい……でが、なんで……戦士の俺がマジの力負げじでんの……?」


「おい、ナトス、ここで殺すな。もっと人気のないあっちの方で、俺らに見えないように」


 ガディが真剣な眼差しで後ろの方を指差す。ナトスは我に返って、さすがにマズいと思い直し、ファイの首から手を離した。


「……はぁ……はぁ……はぁ……いや、なんでだよ! 止めろよ! ひとでなし!」


 空気をめいっぱいに吸ったファイはガディにそう訴える。しかし、ガディは腕を組んで神妙な面持ちでファイを見る。


「そりゃ、横恋慕する奴に天罰が下ったんだから、成り行きを見守るしかないだろ」


「まあ、自業自得だし」


「うんうん」


「あー、何も言えねぇ……」


 ガディの言葉に、トスリが追い打ちを掛け、アチェルが相槌を打つ。


「…………」


 ナトスは冷静になってから、ふと考えた。先ほど自分が抱いた嫉妬や疑心。ニレを信じているはずの自分がなぜ一瞬でも誰かに彼女を取られてしまうかも、誰かになびいてしまうかもと思ったのか。


 結局、彼は無能だった自分に自信がなかったのだ。それが「魔王を倒せるほどに強くなりたい」の一要因であることを彼は理解し始めていた。


「ファンと言えば、ナトスも結構人気なんだよ?」


「そうだね」


「……え、俺?」


 急にナトスは会話に引き戻され、ここでトスリとアチェルが会話のメインになる。どうやら、彼と話す機会を窺っていたようだ。彼女たちの目は相変わらず少しぽーっとしている様子である。


「かっこいいだけじゃなくて、こう何だろ、何ともいえない魅力があって、ニレさんがいなければなー、って今でも思ってる女の子多いんだよ?」


「うんうん」


 トスリが話し、アチェルが相槌を打つ。この2人のテンポが会話のテンポも作り上げていた。そのテンポに巻き込まれたナトスはすっかり2人の会話に入り込んでいた。


「えー、聞いたことないんだけどな……そりゃ、露天商のおばちゃんとかお姉さんとかがかっこいいね、とか言って、食べ物オマケしてくれるから、ちょっと調子に乗っていた時もあったけど」


 若い頃、ナトスが買い出しに行くと、大抵、オマケで良いものがもらえたりするのでお得だなと思っていた。おばちゃんやお姉さんがやけに手をいっぱい触ってきたり友情のハグをねだってきたりするのが少し気になった程度である。


 ただ、それをニレにたまたま目撃されて、2日ほど笑顔なのに口を聞いてくれなくなったできごとの後は、おばちゃんやお姉さんたちにハグをなるべく控えてもらうようになった。


「いや、この前も女の子に告白されてなかった? ほら、魔法使いなりたてって感じのぽわぽわーってした感じの子」


「私も見た。けっこうかわいい感じの」


「あー、えっと、あの子かな? いや……まあ、たまにそうだな……あんなにかわいくて若い女の子が、こんな妻子持ちに露骨なアタックをしてくるから、罠か冗談かと思ったけど……」


 ナトスがそう言うと、トスリとアチェルががっくりと肩を落としていた。彼女たちは気遣いナトスが唯一できない気遣いが彼に向けられた女の子の愛情というのは本当だと確信する。気遣えないというより気付かないのだ。


「ナトスは意外とそういう気遣いというか気付きはできないのな……」


 ガディが思わずツッコミを入れた。


「ま、相思相愛の美男美女って見てるだけで癒されるけどね。おとぎ話みたいで」


「俺が美男かはともかく、おとぎ話、ね」


 トスリの言葉を聞き、ナトスはまさにおとぎ話の中にいるような気分だった。今の自分は、亡くなった姫を生き返らせるために悪役を倒す王子様。


 しかし、現実にはおとぎ話に描かれないような裏、無数の理不尽と悲しみが浮かぶ海の中を漂って流されている。


「おーい、あんまり女の子と話してデレデレしていると、今度、ニレさんに言いつけるぞー」


「や、やめろよ! 怒ると本当に怖いんだからな!」


 ナトスが本当に慌てているのを見て、全員がドッと笑った。

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