5. 勇者 違和感を覚える

 初級ダンジョン。トラキアは新たな仲間、荷物運びのキャリィを迎え入れていた。彼女は水色のショートヘアに青色の瞳をしており、少し小柄かつスレンダーな体型をしている。


 トラキアは彼女の力試しをするためという理由で初級ダンジョンを選んだ、と周りに説明できるようにしていたのだ。本当の目的はもちろん、絶望に打ちひしがれているナトスを見るためである。


 もしかしたら自死しているかも、とまで期待していた。


「はーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 トラキアの笑い声は小さなダンジョン全域にまで聞こえなそうなほどに響き渡る。実は彼はあの湖で再会する前に、ナトスの家にまで出向くほどに彼に執心していた。家に気配がないことを確認し、もしやと思い、湖の方へと向かったのである。


 この時の彼の異常なまでの執着と行動に関して、プリス、ジーシャ、リアも少し思うところがあったものの、藪蛇になることを言いたくもないので調子を合わせていた。


「それにしても、あのナトスの顔よ! はーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 トラキアは初級ダンジョンのモンスターたちをすべて一撃で屠っていく。力の勇者、剛腕、豪腕、怪力、剛力、強力、腕力無双、およそ力を示す言葉を表すものをほしいままにしている彼にとって、初級ダンジョンのモンスターなど苦もない。


「すごい……トラキアだけで十分みたいだね」


「トラキア様は勇者様ですから」


 新参者のキャリィはトラキアの圧倒的なパワーに驚く。その一方で、プリス、ジーシャ、リアの3名の反応速度が今一つなことは気がかりだった。


「いつもこうなの?」


 さらに言えば、このパーティー編成だと、前衛がトラキアとリア、中衛にジーシャ、後衛にプリスとキャリィになるはずだ。もしくはバックアタックを警戒して、リアが後衛に居てもいい。


 しかし、トラキア以外が全員横並びの中衛に位置している。リアが常に警戒して、どの編成になってもいいように、と考えるには先ほども気がかりになった3人の反応速度の遅さがある。つまり、咄嗟の判断はできないのではないかという結論にキャリィは至った。


「ん-? 以前は、ナトスがいて、常に警戒しろ、常に構えておけ、ってうるさかったんだよねー。いなくなって清々する」


 ジーシャが恨めしそうに言ってのけるが、キャリィからすれば、常に周りを警戒することは冒険者の「基本のき」である。それをうるさかったと言って、蔑ろにしているのは、勇者の天恵であるパーティー全員の不死が関係しているのかと気になる。


「あ、そう……」


 キャリィは雇用されてすぐの荷物持ちである。戦闘には関係ないので、それを突いて、彼女たちの反感を買う理由がほとんどない。よって、彼女はこの話を捨て置くことにした。


「……ん? いなくなって? 休暇中では? 私は臨時雇いだったはずだけど……?」


「あぁ……そうそう。奥さんの体調が良くないらしくて?」


「あ、そう……」


 キャリィは違和感を覚える。何やら少し話が違う。何かを隠されているようで、少し気持ち悪い感覚になる。ちょっと面倒ごとに巻き込まれたかな、と嫌な予感さえする。


「トラキア様、少し休憩にしませんか? どうやら、敵はいないようですから」


「ふぅ……そうだな。まあ、ここら辺のモンスターは倒し尽くしたからな! 肩慣らしにはちょうどいい」


 やがて、少し休憩に入り、他愛のないはずの会話が始まる。この会話中にキャリィはとりあえず袋に突っ込んだままだったモンスターの死がいを解体し始める。


 キャリィは職業適性により荷物に類するものはより多く持つことができ、ナトスの3倍は様々な荷物を持つことができる。また、解体スピードもナトスと比べ物にならないくらいに早い。


「今日は久々にとても気分がいいな! どうするんだろうな、ナトスは」


「そうですね」

「そうだね」

「私は既に興味ないな」


 プリス、ジーシャ、リアがそれぞれトラキアの言葉に頷く。新しく入ったキャリィは、ナトスに関しての話でパーティーの様子がやはり少しおかしいと思いつつ、解体作業も終わったので会話に参加する。


「おっし、解体完了」


「さすが職業適性持ちは違うな! 優秀じゃないか!」


 トラキアは嬉しそうにキャリィに労いの言葉を掛ける。


「ありがと。ところで、頑張り屋ナトス、珍しく休暇中なんだっけ?」


 しかし、トラキアはその二つ名を聞いた途端にキャリィに対して顔が険しくなる。しかし、彼女からは見えづらく、彼が俯いたのはナトスを少しでも心配しているからかと変に思い込んでしまった。


「……あぁ、そうだな」


「いいよね、彼、仕事も一生懸命で評判もいいし、立ち振る舞いも紳士で、何より妻子持ちとは思えないくらいにちょっとかっこいいよ……ね……え、トラキア、何で急にこっちに……何、怒ってるの? グエッ……」


 突如トラキアがキャリィに近付き、彼女の首を掴み、まだ持っていた荷物ごと持ち上げ始める。苦しくなった彼女は荷物を下ろし、少しばかり楽になるが、彼に気道を狭められており、息がとてもしづらくなっている。


「む、無理……死ん……じゃ……かはっ……はぁ……はぁ……何するんだ!? この乱暴者め! 私を殺す気か?」


 キャリィは首をさすりながら、トラキアを睨み付ける。しかし、彼は大して意に介した様子もなく、むしろ、怒らせたお前が悪いと言わんばかりの表情を彼女に向けていた。


「キャリィ……俺との契約書をきちんと読まなかったのか? ナトスを持ち上げるようなことを言うなと書いてあったはずだが?」


「読んださ。さすがにそんなのが契約書に明記されているなんて、何の冗談かと思ったよ。パーティーメンバーだろ? な、なんだよ……キャッ!」


 トラキアはキャリィの服に手を掛けて、引き千切ってしまう。普段は隠されている彼女の肌が露わになる。


「生意気な女は少し躾をしないといけないようだな」


「や、やめろ……私はこんなことされたくない! お前のことなんて好きじゃない! やめろよ! 嫌だって言ってるだろ! がっ……」


 キャリィは騒いでいたが、トラキアに殴られて悶絶し言葉が出なくなる。その後、彼女はあっという間に全裸に剥かれてしまい、トラキアに足を掴まれて身動き一つ取れなくなる。


「そう言っていた奴もな、大抵は俺のモノで気持ち良くなって言うことを聞くようになるんだよ!」


「あっ……やめ……痛い! やめろ、痛いだけだ! やめろ! あっ……ひっ……」


 トラキアは耳障りと思ったのか、キャリィの口を塞ぎ、行為を始める。乱暴な動きに彼女は苦悶の表情と涙を浮かべる。彼女はプリス、ジーシャ、リアの方を向いて、助けてほしいと目で訴えかけた。


 しかし、3人が動く気配はない。


「ジーシャ、誘惑魔法、幻惑魔法、もしくは、催淫魔法でも掛けてあげればどうですか? あれじゃ、キャリィが可哀想ですよ」


「やだよ。トラキアの躾相手に手心を勝手に与えたらどうなるか、知らないプリスじゃないだろ? 気持ちいいのは好きだけど、痛いのは嫌だよね」


「まあ、トラキアを怒らせたのが悪いな。ナトスの肩を持つようなことを言うからだ」


 プリスもジーシャもリアもキャリィを助けるつもりがなかった。キャリィは、初級ダンジョンとはいえこんな場所でこのようなバカな行為を始め、さらには行為に参加していないものの3人に警戒心がないことに、全員の気が狂っているとしか思えなかった。


「……ふん……最後まで下らない抵抗をしやがって。おかげで今一つだったな。残念な女だ」


 やがて、行為を終わらせたトラキアがキャリィから離れ、悪態を吐き始める。彼女はほぼ気絶に近い状態で少し痙攣しながら横たわっていた。まだ足りない彼は3人の方を見る。


「プリス、ジーシャ、リア、来い。まとめて相手してやる」


「はい」

「はーい」

「楽しみだな」


その後、4人が周りへの警戒もまったくしないままに行為を始めて、しばらくして終えた。奇跡とも呼べるほどの幸運なことにこの間にモンスターの襲撃はなかった。


「だけど、さすが、トラキアだよね。初級ダンジョンのモンスターとはいえ、私たちがいなくても全部倒せちゃうんだもん」


「あぁ……余裕だな。お前らを使うには初級ダンジョンだともったいないからな」


 実はトラキアも3人の反応速度が遅いことや連携への意識が薄いことに若干の違和感を覚えていたものの、大きな影響はないとして気にしないことにした。


「さて、キャリィが起きたら行くとするか。大人しく従順になればいいがな」


「トラキア様、先ほど、見つけた水場で身体を洗いましょう」


「そうだな」


 トラキア、プリス、ジーシャ、リアはキャリィを置いて、4人で身体を洗いに水場へと向かう。


「……くっそ……あのクズ野郎……めちゃくちゃしやがって……くそがっ……そっちこそ……契約書で……絶対に後悔させてやるからな……」


 意識を取り戻したキャリィは全身がべとべとに犯されながらも誰にも聞こえない声で恨みを呟く。涙が頬を伝い、彼女は悲愴感よりも怒りを腹の底から煮えたぎらせていた。


「絶対に……後悔させてやる……」


 彼女は荷物持ちとして、とても優秀である。ただし、彼女はあくまで荷物持ちであり、ナトスのように状況に合わせて自ら荷物のアイテムを手渡すこともなければ、戦闘のサポートもすることもない。もちろん、連携を促すようなこともしないし言わない。


 それどころか、トラキアと彼女は、危なくなれば彼女が荷物ごと即時撤退をできるような契約になっている。彼女は純粋な荷物持ちなのである。

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