玉を蹴るな

おくとりょう

青を染める

「サッカーしようぜ」

 休み時間。隣の席の友だちとお話してたら、クラスの男子が突然声をかけてきた。スポーツが得意でヤンチャな子。最近しょっちゅう私に『勝負』を挑んでくる男の子。どういうつもりかは知らない。ぶっちゃけ、ただただめんどくさい。かといって、つめたくあしらうのも大人げないので、友だちに断って席を立つ。

「大丈夫?」

 心配そうな顔をする彼女に私は黙ってピースを返す。こんなヤツ、あっという間にコテンパンにしてやるから。


「へっへーん、今日は絶対まけねぇからな」

 彼はボールをくるくる回しながら、私の前を歩いていく。ハンドリングっていうんだっけ?あのバスケットボール選手みたいにするヤツ。私にはできないので、少し悔しい。……あれ?あんな黒いボール、教室にあったっけ?

「お?気づいた?これは俺のボール。マイボマイボールよ、マイボ。昨日、拾ったんだー」

 ニィッと歯の抜けた口元が覗く。振り向いた彼の目は私を見ることなく、回るボールから離れなかった。


 1 on 1。彼とのサッカーはいつも1対1だ。先にシュートを決めた方が勝ち。ホントは3本先取がしたいらしいけど、さっさと終わらせたいので、1本先取だ。

「よーい、どん!」

 グラウンドに着くや否や、彼はボールを蹴りだし、ゴールに向かってドリブルを始める。自分が勝つためなら、容赦ない。というか、どう考えてもズルなんだけど、いつものことなので、私は何とも思わない。

 ただ、駆け出した彼の後ろ姿を日陰から眺める。暑そうだったから。階段の陰の椅子に腰かけた。だって、空は今日も真っ青で、白く輝く地面はここからでも熱気が伝わってくる。こんな日射しに当たったら、絶対焼ける。あぁ、帽子くらいかぶってくればよかった。

 ぼんやりグラウンドを眺めながら、後悔していると、遠くで何か彼が叫んでいるのが見えた。もう勝負なんてどうでもいいし、さっさとゴールしちゃってもいいのに。

 ため息まじりにグラウンドに足を踏み出すと、日の光が私の肌をじゅっと焼く。実際、『じゅっと』音が鳴るほどは焼いてないはずだけど、日射しにそれくらいの熱を感じた。こんなの絶対シミになると思う。とにかく、さっさと教室に戻りたい。私はぐっと地面を蹴った。炎天下にびゅっと飛び出す。


 走り出すと生ぬるい風が音を立てて、私の身体を撫でていった。いや、私が風を撫でているのか。綿菓子みたいな雲が輝いて見える。風のおかげか、ほんの少し強い日射しが気にならなくなった。

 走るのは好きだ。ひとりでも寂しくないから。世界が今よりハッキリ見える気がするから。……なんて、詩的な考えに浸っているうちに、彼に追いついた。

 彼は私に気づかず、一心不乱にリフティングをしていた。リズムよく跳ねる黒いボールから目を離さず、ぶつぶつ数えている。その熱心な様子に私はつい魔が差してしまった。

 うつむく彼にそっと近づき、黒いボールを奪い取った。

 それは意外にもよく知った感触だった。柔らかい白い肌。丁寧に編み込まれた黒い髪。薄く開いた唇。小さく主張する見慣れた鼻。砂にまみれてまぶたの間からは虚ろな瞳がこちらを見ていた。

 それはホントは私の首の上にあるはずのもの。昨日、帰り道で落として失くしてしまった私の頭。気づくとなくて、見つからなくて、今もまだ首から生えてなかった。


「――」

 目をグリグリさせて、歯を見せる彼。どうして彼が私の頭を持っているのか。なぜそれでサッカーを誘ったのか。そんなことは知らないけど、なんだか彼の顔がムカついて、頭を彼に投げつけた。

「っ?!」

 頭が股間に噛みついた。オモチャみたいに飛び上がる彼。

 彼の痛みはどうでもいいけど、自分の頭が股間を噛んでいるのが嫌すぎて、私は股間の頭を蹴飛ばした。頭は果物みたいにパァーンっと弾けて、私の靴と彼のパンツを真っ赤に染めた。くの字に身体を曲げたままの彼は漫画みたいにコテンと地面に倒れた。

 ある意味、これも「コテンパンにした」ことになるのかなぁと思いながら、私は保健室に行くことにした。びしょびしょの汁が気持ち悪くて。早く服を着替えたい。

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玉を蹴るな おくとりょう @n8osoeuta

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