35

「操ればいいじゃないか、ご自慢の太陽を」



 白熱した光線が、教室を溶断し八つ裂きにする。

 舌のように赤い焼炎しょうえんが、舐めたところから灰になる。


 彼女の肉が焼き滅ぼされ、


 消える端から増し生える。


 もう部屋の形をしていない。似せる必要はなくなった。

 四角い黒が広がっていく。光さえも飲んでいる。

 配膳されたご馳走を、片端から啜るだけでいい。

 それだけあればいいだろう、腹もくちくなるだろう。

 箸付けにもならない僕が、用意できるメニューの中では、最も豪勢なメインディッシュだ。

 

「………殺せない、のか?」


 彼も察しがついてきた。


「こいつに、終わりはないのか?」


 僕が何を始めたのか。彼女が何を終わらせるか。


「この地球上で、生命にとって、太陽っていうのは、絶対だ」


 時間も、食事も、天候も、

 それなしでは存在し得ない。


 太陽無き生命は無い。

 始まりは必ず、日光から来る。


「だけど、生命が、地球が無い太陽には、どんな意味がある?」


 生まれる者が、仰ぐ者が、有難がる者が、いない太陽は、


「デカくて熱い、ただのガス溜まりだ」


 それを受け止める大地が無ければ、真空に飛散する光源でしかない。


「お前から、この星を奪ったら、どうなるかな?」


 彼は、空気と水と食べ物と、それらが無ければ生きられない。

 “S・S・U”は、ただ破壊と支配をくれるだけ。

 何かを作るわけでもない。何かを産むものでもない。

 時間という相対的な事象も、観測地が無ければ掴めない。


 彼は立ち位置を失ったことで、寿命が瞬時に燃え尽きる、小さな恒星でしかなくなった。

 

「まだ!俺にはまだ力がある!」


 彼は猛熱を纏って、バーナーのように青い炎を噴射、推進力を得て彼女へと向かう。

 凄いなあ、彼は。

 絶対に勝てない戦いでも、投げ出さずにやり遂げる。

 勝っても負けても命は絶たれる、なのに迷いを見せることなく、苦しい方へと飛び込んで行く。


 本当に、尊敬する。


 僕には、無理だ。


 彼が小さな光点となり、

 やがてそれも闇黒に塗り潰されて、


 後を追うように、一つの碧星へきせいが呑まれていく。


 教室の形をした胃の中に、世界がすっぽり取り込まれてしまった。


 媒介する物が無くなり、とうとう無音となった夜空の上で、


 僕はその様子を、浮かびながら見ていた。



 僕の中身が、少しづつ止まっていく。

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