34上

「お前は、蛇頭隼人に特別な感情を抱いている。可能な限り、彼を見ていた。平たく言えば、つけ回していたな?だから彼が見つけた“厄捨穴”も、その開き方も知っていた。遺体の真の第一発見者もお前だ」



 日下は畳みかける。決着を焦るかのように。


「凄い決め付けますね」

「反論は後から聞く、今は進めるぞ。お前は彼の仇を討とうと決め、事件に介入した。警察には都合のいいタイミングで情報を渡し、択捉芹香を焚きつけ、クラスで、学校で、延いては上衝で、神螺家排斥の機運を高めるよう尽力した」

 択捉は死の直前、背後から指令する何かの存在を匂わせた。そのことを、日下も把握していた。羽刈刑事あたりから聞いたのだろう。鳶羽は舌打ちを、すんでのところで抑える。本当にあの女は、最後まで迷惑で危ない奴だ。秘密一つ守れないのか。


 こんな調子で“預言者”気取り。噴飯ものである。


「『お告げ』とやらは、紙か何かで伝えられたんだろう。机やロッカー、下駄箱。投函場所も機会も、事欠かない。最初は半信半疑だった択捉も、慰霊碑の開け方等の具体的な情報で傾き、亜縫狼金の神螺家への不信を言い当て、彼が姿を消した時点で、ずぶずぶにのめり込んでしまった。彼の行方不明についても、予言を的中させたりしたのか?」

「言ってる意味がよく………」

 亜縫と神螺の口論に、択捉が出くわすことが出来たのは、偶然ではないと日下は主張する。鳶羽が亜縫へ、択捉の視線を誘導したからだと。


「択捉芹香は、よく見るワナビーだ。達成型、或いは破滅型。自分が特別であると信じ、それを世間に思い知らせたいと日々願う。嘲笑と冷笑を主兵装として、一段高みの見物のつもりでいる。そこが上座であると、周囲の凡愚が知らない事が、我慢ならない。日常ではイタイ奴だが、月の光の魔力の下でのみ、神性を持つ。そういう奴に、独占的な情報を与えたら、水を得た魚のように跳ね回ることは、お前も予想してただろ?」


 彼女は、爆弾だ。

 突破口は、存在しない。だったら、開けるしかない。ノーベルがダイナマイトを作ったみたいに。

「亜縫狼金にも、何か吹き込んだか?」


——気を付けろよ。


——あなたも、

——今、神螺君から、あなたについて訊かれた。

——あなたのこと、怖がってるみたいだった。

——互いに疑心暗鬼なんて良くないから、気を付けて……!


 彼目線では、無関係な鳶羽。彼女の言葉は、中立であるが故に刺さる。


「私にそんなつもりはないです。でも、もし彼らが犯人サイドで、どちらかが音を上げて自白しないかと、猜疑心に苛まれていれば……」「……お前の何気ない一言が、運悪く痺れを切らさせ凶行を招いた、と?」「かも、しれませんね。だとしたら、心が痛いです」


 発言と裏腹に、悪びれるつもりがない。終わったことだから、言い立てる事ではないと、無配慮で無関心。棒読みの演技と同じだが、捻りなく敵対されている以上、ここで可愛い子振る旨みも無い。


「神螺日向と亜縫狼金は決裂した。亜縫は単独で何かしらの無茶をして、神螺家に消されてしまう。それで択捉は完全に落ちた。真偽の裏も取らず、お前が送る言葉を信じた。お前の思い通りに、神螺日向を窮地に追い遣ってくれて、しかも矢面に立つのが名誉だと思っているから、お前の指示を漏らしたりしない。ここまでだけを見ると、なんとも便利だな」


 優勢に次ぐ攻勢、天秤が傾きかけていた。だがあと一個、あと一点、最後の決め手に欠けていた。警察は神螺家を放置し、不可解さばかり追っている。教室内冷戦の均衡は保たれ、破局までには至らない。神螺日向が、怨敵達が逃げられるだけの、短くない時間が過ぎてしまう。断罪できずに、終わるかもしれない。


 それは、良くない事だ。


 だから、駄目押しを打った。


「“厄捨穴”のお披露目、沸き立つ世間。その混乱と同時に、択捉を蜂起させる。神螺家は隠蔽など出来ない。更に上手く運べば、復讐対象者リストの中から、何人か済ませることができる、かもしれない」

 勢い任せの成り行き任せ。それが殊の外、功を奏してしまう。

 

 戦果は最上で最高。目標全てに命中し、全員が再起不能。

 何より、隼人を喰った化け物は、滅殺された。

 勝ったのは誰か、一目瞭然だった。


「あの放火騒動は、お前にとっちゃ僥倖の中の棚牡丹たなぼた。乱射してたらまぐれ当たり。どうだ?嬉しかったか?」

「疑問点ばっかりの、虫食い仮説ですね」


 その通り。補填するにも、手札が足りない。


「私は、どうしてそんなに強い確信を持って、神螺家が犯人だと言い切ったんですか?」

 「普通の女子高生に分かることが、警察に分からないわけがない」、それは日下の言葉だった。それでは、彼女はどのように先んじたのか。

「情報格差だ。片方にとっては完全なる未知、そんな隠し味があれば、その逆転は起こり得る」

「その『隠し味』とは?」

 ソファの横に置いていた鞄から、紙の束を取り出す日下。

「“厄捨穴”が、彼ら所有の土地に隠されているという知識。それと」

 「これだ」、彼らに挟まれた卓上、それが開かれる。


「小説と、それを元に一部が描き起こされた漫画、その原稿だ」

 

 原作者:ヘル・パ=ヘレド。

 タイトルは、『Paper Moon, Pale Toon』。


「亡くなった、佐布悠邇の部屋にあった。彼の手によるものと思われる」

 青年はその内容を、掻い摘んで語り聞かせる。



 クラス内では目立たず、向けられるとしたら生理的厭悪えんお。そんな主人公の少年が、ある日「全てが眠った世界」に閉じ込められる。起きていられるのは、特殊な能力に覚醒したらしい、数人の生徒のみ。

 やがて彼は、「この世界最初の非常識」である、謎の存在と出会ってしまい………


 そこから物語は、二度と戻れぬ深淵に堕ちていく。



「行き場の無い感情に苦しむ少年が、それを充たす運命に出会った。かと思えば、再び絶望を思い知ることになる。それが大まかな流れだ」

 世界だとか宇宙だとか、大きい範囲を巻き込みながら、人一人の一喜一憂に終始する。傲慢で繊細な、思春期付近の男子らしい話運びと言えた。本来は単なる虚構のでっち上げ。しかし、

「この主人公に立ち塞がる四人と言うのが、どうにも実在の、遠回しな言い方を止めれば、例の四人組がモデルに見える」


 暴力機構、流される女、調子づく三下、そして、彼ら三人を従える太陽。

 亜縫狼金、瀨辺黒湖、蛇頭隼人、そして、神螺日向。


「更に、穴に落ちた先で、人を喰う怪存在と出逢う描写もある」

 そしてそこにいた主人公と「彼女」を、蛇頭隼人の写し身らしい、浅くくだらない人物が見つける。彼が、最初の犠牲者だった。

「現実での、蛇頭隼人の死を表すような描写。何より、秘中の秘である“穴”のことまで知っている奴が、これを書いたことが分かる」

 神螺家と通じている?それとも、内部事情を抜き取れるような伝手がある?

 

 どうあれ佐布は、事態の裏まで見えている。


「それを踏まえて読むこの文章は、かなりの重要性を帯びてくる。神螺日向をトップとして、蛇頭隼人を底辺とする、彼ら四人の序列構図。蛇頭隼人が“穴”に殺された事実。その幕切れを招いたのが、主人公つまり佐布悠邇か、または神螺日向を始めとする神螺家か、或いはその両方であるという真相。それらの裏付けとなり得る資料だ」


 そして、もう一つ読解できる。


「この小説には、大いに感情が籠っている。ヘイト創作的と言うべきか、とにかく特定人物へのマイナス感情が激しく滾っている」

 特に、蛇頭隼人に対しては。

「嫌いなのが良く分かる書きっぷりだ。他の登場人物へは、恐怖だったり劣等感だったりが勝るが、彼については公然と見下されている。舐めているし、侮蔑している」


 あの男、佐布。

 隼人に絡まれていた、クラスの逸れ者。


 鳶羽がこれを読めば、こう考える。

 隼人を殺した実行犯は、四人に虐められていた佐布悠邇。隼人を窮追きゅうついしたのは、神螺日向の友達のみなさん。殺害方法は、神螺家提供の“厄捨穴”。


 隼人は四面楚歌だった。死ぬのも納得の布陣だ。

 友達の使い走りであり、巨悪の陰謀に出くわして、最後は恨みで殺された。

 目を覆いたくなる末路。

 やられた側は失うばかり、やった側は太々ふてぶてしく。


 許せるか?そんなこと。

 隼人は人生を奪われたのに。

 暗い穴に落とされたのに。

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