33

「これを!見て!」


 

 “道化の見るユエ・チェン・ピィン”。

 最後の一回となるだろう。それくらい分かる。これが成立しなければ、ただこのままが続くだけ。

 逆に成功すれば、盤上が引っ繰り返され、全部が全部ご破算になるだけ。


 一か八か、どちらの目でも、僕は死ぬ。


 だったら、賭けてみるのも悪くない。


「おおい、俺はこいつに喰われたりは……」

 呆れながら首を回して、床面の僕を見下ろした彼は、怪訝そうに眼を細める。

「?何を指してるんだ?そこに何が落ちて」彼は言い終わらずに、熱戦で以て彼女に攻撃する。消し飛ばす。鈍らぬ勘による、即座の判断だった。けれど、もう遅い。

 

 そこに、彼女はもういない。


「分かったんだ」

 震える。

 お腹の下から。

「やっとわかった」

 地面が、震う。

 蠕動が、走る。

「彼女の姿に、本当なんて無い」

 この教室は、彼女の一部だ。彼女が作り、胃袋としている。その形は、張りぼてで書き割り。上っ面の型を取っただけで、本質は再現されていない。

 

 問題。

 この教室は、どうやって出来たのか?

 手で作った?僕が教えなければ、食事も摂れない彼女が?

 出現した?どこからどうやって?


 彼女から生えた。それが一番スマートな解答だ。

 彼女は擬態する能力を持っていて、体の一部を変化させ、こうやって展開させていた。

 

 さて、彼女は「外」から来た。

 ここに湧いた、追加の質量。保存則などは、平然と無視して。

 そして人の身体一つ分を、丸吞みすることができる。それを可能とする大きさも厚みも、持ち合わせてないように見えて、閊えることなく収納できてしまう。


 彼女の肉体はその内側へ、より大きく広がっている。

 と言うより、元来た場所にその大部分を、置いて来ている状態なのでは?

 8mを人体に収納する腸のように、折り畳まれているだけで、

 ここに見えるのは、彼女の末端部分だけで。

 その気になれば、もっと深くこちらへ渡り、もっと大きく身を乗り出して、


 僕達の前へ、もっと圧倒的に出現できるのでは?

 

 彼女を制限していたのは、僕達の思い込みだ。彼女はこんなにちっぽけじゃないし、非力じゃない。


 彼女の限界はどれくらい?

 建物一つ?

 街一つ?

 国一つ?


 それとも、


「お前、何を喰わせた……?」


 僕の親指は、真下を向いていた。

 

 彼女に見せたのは、大地だ。


 ということは言うなれば、



「彼女に、地球を見せてやった」



 大喰らいの、口が開いた。

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