26

「これで、あんたらの負けェー」


 

 引火性の液は、穴の中にまで念入りに注がれていた。それを伝って、途上のことごとくを焼き滅ぼさんとえる、暗赤色の風波かざなみ

 カーテンのように場景を隔て、治安の維持者を寄せ付けない。一方的に責め立てられる形勢で、朱色に照らされながら勝利を謳う。歌う。

「あんたらはもう隠せない。あんたらはもう殺せない。あんたらはもう逃げられない」

 逃がさない。

 ここに在った神話は、力は、権能は、

 討滅された。

 神様に勝って、解放された。

 これで、やっと自由になれる。


 これでやっと、不自由に戻れる。


 世界観を拡張する外力は、人の手によって取り除かれた。


「完全勝利!よろしく!」

 択捉はそう言って両手を広げ、警官達を高らかに嘲笑い、

 何事かをこちらに叫ぶ彼らの言を、負け犬の遠吠えと聞き捨てて、


 その背を軽くつつかれるまで、悦に入っていた。


 そうなるまで、自身の生存を疑いもしなかった。


「う、ううん?」

 

 こんな時に誰が?そう不審がったのだろう。

 己の肩越しに、その人物を確認する。

 体格から言って、恐らく少女だ。デフォルメされたワニの顔を模った、大きめのマスクを被っている。今でなければいけない用なのか?そう訊こうとしたのだろう。口を開けた彼女は、

「は、な、?」

 声がうまく出せなかった。


「ごめん、セリー」


 火におびやかされて立ち往生していた、鳶羽は見た。択捉の背中から、刃物の柄が立てられているのを。


「マジごめんて。でも、セリーが余計に張り切っちったのも、良くなかったってか、分かるっしょ?」


 そのダウナー気味な話し方が、霖雨りんうと劫火と怒号の中でも、鳶羽の耳にまで漂ってくる。

 だから、誰なのか特定できた。


「じゃ、終わろっか」


 瀨辺黒湖が、


 択捉芹香を刺したのだ。

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