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「何やってんの?はん、ここまで来て怖くなった?失笑ものね」
択捉は次に、彼の愚かしさを笑いものにする。そういう方向で、反逆による決壊を補修しようとする。
「ここまで来れば、もう少しだったのに、あーあ、誰かさんのせいで」
失敗による不甲斐なさを見せないために、責を一身に負わせて怒りを煽り立てる。
佐布が次なる敵だと、そう言って非難を指向させ着せる。自分に向かぬよう、風向きをずらす。
「ぉお、お前は!誤解してる!ま、間違っているんだっ!」
佐布は抗弁を続行する。彼が自信なさげであるから、それが逆に群衆に響く。あの佐布が、こんなに震え怖がっている少年が、それでも声を大にする。彼が表明したいことには、それだけの圧があると言うのか?
「『間違い』?はあん?あんた本気でそんな寝言を言ってんの?」
対照的に択捉は、崩れるところを見せてはいけない。どんなに小さくても、悩み疑わせてはいけない。
「私には、“お告げ”があった!」
だから、彼女はそのカードを切った。
「え!?」
予想外の展開だった。鳶羽の仰天に気付くことなく、天地神明に懸けるかのように、大々的に吹聴する択捉。
「私がそこの穴の事をどうやって知ったか!それについて引っ掛かりを持つ人もいたけど!その答えがこれ!私は、教えて貰った!全てを知る意思に!」
傾向が、神秘主義へと偏っていく。
一人が勝手に言っているのでなく、大いなる何らかを背後につけている。最初に自分に語りかけた“声”があって、それに感銘を受けたからこそ広めている。口先だけの二段階認証で、綻びかけた権勢に箔をつける。「正しいと思ってる人がいるなら、安心か」、その同調気質と、ベールに遮られることで発生する、「神性」とも呼べる力。
それらを駆使する彼女は、今や指導者から、預言者へと羽化しようとしている。
「全知が言った!『その穴を埋めろ』と!だからここに、疑義の余地なんて無いでしょ!」
増長している。
火を通されたポップコーンみたいに。
鳶羽は、今一度強く思った。
「この少女は、危うい」と。
「出鱈目だ!デタラメだ!で、でででで、でたらめだ!お前なんかに、分かるもんか!」
対抗し得ない。感傷一辺倒の話術では、彼女も軍も押し返せない。
それでも、彼は意図していなかったとしても、遅滞戦術は時間を稼ぎ切った。
「そこまでです!もういい!茶番は終わりです!」
秩序の代行者達が、落ち着きを取り戻した。示威でもあった盾が、張りぼてだと知れてしまった。その漏洩が持つ意味は重い。
「あなた達は、私達を操れない!私達はあなた達を止められる!同じ結果になるのなら、自分で止まった方が罪も軽い!そうでしょう!?」
「そうだよ!ここだよ!こ、ここで!ここで引き返すんだ!」
羽刈刑事と佐布の説得が、遂に効力を持つかと思われた。
だが、
他は抑えられても、彼女だけは手に負えない。
最初から、正しさを見ていない。ただ、その場の勢いでやっているだけ。そういう開き直った浅慮が、時に戦場を覆してしまう。
「予定は変更しない」
彼女が後ろ手で、スマートフォンの画面に触れる。
ああ、それは。
「もう遅い」、そう言ったも同然の決断。悪い流れも良い風も、爆風と共に吹き飛ばすスイッチ。
「その穴を、殺す」
大雨の中、張られた
ただもう一つのメッセージの方は、徹頭徹尾取り違えようが無かった。予め決めていたのもある。この場の物々しさが、火に油を注いだという側面もある。
が、それ以上に、何も考えてない雑兵が、停滞を相手にしてごく稀に見せる、爆発力。それが占めるところも大きいだろう。
思考が無ければ苦悩はなく、付け入るだけの足掛かりがない。だから誰にも対策不能。身軽過ぎて、次の一秒で何処に転じるか、分かったものじゃない。
その為、最初から知っていた生徒達以外、次に来る攻撃が「そうなる」なんて、夢にも思わなかったのだ。
「択捉芹香さん!傷が浅いうちに、みんなを——」
共鳴。
それは擦り付ける音だった。
それは切り裂く音だった。
それは驚く音だった。
それは轟く音だった。
羽刈刑事の呼びかけに返答したのは、大型の駆動音と、沸き立つ悲鳴だった。
「は、え、なに」
振り向いて、見た。
割れる人垣、頑強な警官達が逃げ飛ぶ。腰抜けとは罵れない。本当の「腰抜け」は、逃げ遅れて撥ね飛ばされた。
ジープだ。
乗用の中では、大振りの車体。
校舎裏とは言え、それが入る横幅は自体はあった。不幸にも、入れてしまった。
わざわざ遠回りして、宍戸を襲って得た戦利品。それが過速で特攻してくる。慰霊碑めがけて金属塊が、択捉からの号令に従い、最後の乱闘の戦端を切り拓いた。
ゴムを引っ掻くような高音域が長く
最終的には石碑へ激突し、それでようやく停止した。
そこに寄り群がる顔無しの集団。後部トランクから続々と、オレンジ色をしたタンクを取り出していく。蓋を開け、中の液体を撒き広げる。
打ち水でもするみたいに、あっさりと垂れ流されるそれは、
タンクの見た目通り、灯油だ。
ストーブの燃料として保管していたものを、根こそぎ奪って注ぎ入れている。
「まずい!止めろ!」
羽刈刑事と、辛くも難を逃れた数人の警官。彼らが躍りかかり、子ども達の動きを止めようとする。近接戦になれば、勝つのは屈強な大人達。いくらこの街が比較的平和で、このスケールの集団線に不慣れだとしても、力量差を無効化できるほどではない。
投げられ、打たれ、尻込みし、狂騒から冷めて痛みに
わあわあと、水の粒音と同価値になった鳴き声の中、警察達に勝機が見えた。ご覧の通りの天気外気で、択捉が抜き放ったライターが、最初の発火を達せないでいる。確保していたマージンが、身内の心変わりで食い潰され、今の彼女は一刻も捨てられない。なのに手間取った、その数秒が致命的。羽刈刑事の
そう思われただろう。
けれども、
「はい。お望みの人質」
択捉が気負いなく頸部を刺し、その小太りな肉を刑事に向かって蹴り押したことで、もう一猶予、捩じ込まれた。迫るを払って少女を組み敷く、それは可能だった。
しかし、見るからに助からない重症であっても、市民を、それも勇気ある抵抗者を無碍に撥ね退けるほど、羽刈茉音は効率主義になれなかった。倒れ塞がる佐布悠邇を、その瞬時に可能な範囲で、最高の敬意と慈愛で以て抱き止め、
それが最悪の足踏みとなった。
「取り引き。私は要求を受け入れた。だから今度はこっちの番」
火が。
雨雲の下、薄暗く水浸しな風景に、僅かに紅一点、描き入れられる、
その火が、
揺らぎながら落ちて——
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