23

「おい、どうした?仲間じゃないのか?」


 

 彼が言うことに、珍しく誤りがある。僕にも分かる大きな誤謬。

 起こった事だけ見ると、そうなるのか。少しだけ、おかしみを口に含む。

 何事も為せないと直感した人間は、逆に心が休まるみたいだ。

 知りたくもなく、役にも立たない、新たな知見。

 とにかく、彼は誤った。


 彼女は僕を、見ていないのだから。


「まあいい。そんなことはいい。これは、こいつが、そうなのか?」

 彼が、到着してしまった。

 ここに来るまでにあった、幾重もの遮蔽。それらを切り抜け、踏破した先。

 彼がそこに、踏み入ったのだ。

「あまりにも、違い過ぎる。俺は確かに『違う』物のみ起きる事を許したが、これは度を越えている」

 僕は初めて、彼の年相応な面を見た。

「こんなに違うってことは、それだけ俺達から遠いってことだ」

 感心や感動、利得への垂涎ではない。

 ワクワクしている。調子が高く弾んでいる。

「ってことは、こいつ。俺よりも近い」

 無邪気、この言葉を、彼に使う日が来るとは——とにかく、無邪気な有り様だった。

「俺達の誰よりも『外』に、宇宙のルールに近い存在……!」

 家の外へ繰り出して、初見の家々や公園に出会ったみたいに、目を回すくらい旺盛だった。

「やっと見つけたぞ!俺達と自由を繋ぐ道…!」

 彼が探していたのは、彼女だった。

 

 

 じゃあ、彼女の方は?



「こいつがやって来た時、病原菌よろしく法則を持ち込んだ。そう考えていいんじゃあないか!?」

 彼女こそ、「“外”の常識」第一号。

「二つの世界は交わらない、わけではないんだろう。でないと、こいつはここに来れない。だが、その頻度は多くない筈だ」

 生涯に一度あれば豪運。

 それくらいの稀事まれごと

 その渦中に居る間に、機を逸せずに手に入れたい。

 それも自然な心情の流れ。

「こいつ、元の居場所では何を食ってたんだ?いや、そもそも生物だったのか?何か別の物が、この世界に合わせて形を変え、“生命”となった。そう考えるべきか」

 僕は五感で彼女に触れるが、彼はロジックで掘り出そうとする。

「どんな物質で出来てるんだ?中はどうなってるんだ?体積以上の空間がある?そもそもどこまでが身体なんだ?」

 彼は彼女を解剖するつもりだ。比喩的な意味でも、そうでなくても。

「慌てるな、慌てるな……、まずは生きている内にしか知れないことがある。生態だ。こいつがあいつらを殺したとして、どういう動き方をするんだ?」

 目標物を前にして、彼はそれでも怜悧を維持。しっかりと道理を弁えている。

 生かしておくことによるプラスを見落とさず、彼女の価値を最大まで搾り取る。

「こいつは俺達を見ていない。被食者としてすら俺達は無価値。なら何を見ているんだ?どんなメカニズムで、あの三人を消そうと決めたんだ?」

 少しだけ沈思して、

「『見ていない』?」

 すぐにこちらへ向き直る。


「お前か」

 

 とことん、逃げられない。

 お天道様っていうのは、本当に目溢ししないものなのか。

 

「お前、投げた物に目を引き付けることができたな?この前やってただろ?」

 その時点から見てたのか。もっと甘さを持って欲しい。お前が完璧過ぎるから、悔やむことすら出来ないじゃないか。

「お前が誘導したのか。そうやって、あいつらを殺したんだな?」

 正解とも誤答とも言っていないが、彼は採点の声を聞いたらしい。「100点」だと、僕はそう言ったのだろう。

「よし、ちょっとやってみてくれ」

 こいつは、本当に、

「お前が俺を目立たせる。どうなるのか?検証してみたい」

 憎たらしいほど、掴み損ねてはくれない。

「既に“S・S・U”は解除した」

 確かに、八方塞がった今になって、僕は手足を自由にできた。

 同時に、彼が絶対の自負を持っていると、そう知った。と言うより、それこそ彼なりの「常識」なのかもしれない。誰も彼には勝てない、それが当たり前なのだとしたら、

 

 彼には、此の世がどう映っているのか?

 絶頂なのか、孤独なのか。そういうつまらない事ですら、僕の感性では計り知れない。その傲慢さが、他に無い視座が、羨ましいとすら思えてくる。

「やれって」

 絞られるような痛みが胃を襲う。生死の問題以外に、僕の希望の存亡が懸かっている。いやだ。やりたくない。

 結果なんて、見てれば分かるだろう?99%を100%にして、一縷の望みが指をすり抜けて、僕たちの絶望の顔を引き出す。それを見ながら「これはひどい」と、野次を飛ばして笑いこけるのか。

 やりたくない。でも死ぬのは、逆らって戦うのは、最も避けたい行為。やってみようかと思うほど馬鹿じゃないし、手段を感得するほど賢くはない。

 空の月に手を伸ばして、それを取ろうと努める者を、人は狂人と呼ぶだろう。

 

 だから、


「“道化の見る夢ユエ・チェン・ピィン”」


 僕は下ろした。

 自分で自分の首に、断頭機を振り下ろした。

 そうするのが自然だし、決まっていたことだから。


 予期は過たず、



 彼女の根が彼を包んだ。

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