21

「へえぇ、で、そこからどっちに行くんだ?」


 何度も言うようだが、最悪だ。

 最悪最悪最悪最悪サイアクサイアクサイアクさいあくさいあく………


 僕は、一言も喋らないつもりだった。

 墓の下へ、この秘密と心中する覚悟があった。

 地獄にあっても虚無にはならない為に、なけなしの夢想を抱きすくめる、その用意が僕にはあった。

 

 それが、パアだ。


 何度知らされれば憶えるのだろう。僕の決意なんて、誰も聞いてやしないのだと。


「この教室か?……いや通り過ぎるのか」

 僕は彼を案内している。言う必要は無いと思うが、僕だってこんなことやりたくない。だが、身体は勝手に動く。言い訳とかでもなく本気で、自動的に動かされている。

「おいちょっと、時間の無駄だから抵抗するな。カケコー、カケコー、カッッケコー」

 

 僕が辿った軌跡が、そのままなぞられる。

 どの方向に、どういう体勢で、どれくらいの速度で。そういった細部が精確に、僕の身体で再生される。失った足も元に戻った。ということは今の僕は、彼女からフラフラと遠のいていたあたり。あの教室が近い。彼女が見つかってしまう。思ってはいても、逆らえない。過去の事実から脱線できない。

 

 階を上がる。

 これ以上は無いくらい上がる。

 背中から端へと後ろ歩き。

 月の浮かぶ南側。

「こっちは、開かずの教室か?あそこに何かあるんだな?」

 バレた。遂に彼が認識した。

「うぅん。結局、そこを調べないといけないのか」

 僕は吸い寄せられるように、閉まった扉へゆらりゆったりと近付き、


「で、どうやって入るのかが問題だな」

 透けた。

 干渉もなく、通り抜けた。

 

——そうか!

 

 過ぎた事に逆らうなんて不可能。だったら、そこに無かった物があっても、当時と同じく「無い」判定になる。ここを潜ったことのある、僕だけが入室を許されて、彼は障害物に阻まれる。

 彼は、僕を見失った。

 しめた。場所を特定しても、入り方が不詳。鍵である僕もどこかへ行った。

「ぇてぃまろぉふ」

 “YJB”発動あたりの時系列に来た。

 まだ時間が有る。その間に、何か考えろ。考えるんだ。彼女から彼の目を引き剝がす。その策を編み出し遂行しろ。

 更に巻き戻り、便器から出て、トイレの前で止まった。

 止まった?

 ここは逃げている途中で、相手は速度関係なしの追手。僕は止まる必要も、理由も無かった筈なのだが。


 変化なし。

 動かない。

 早く。

 はやく。

 彼が探しに来てしまう。

 見つかる前に、なるべく遠くへ。

 この場所なんて、考えられないほどに遠くへ。

 彼と二度と会えないくらい、隔て離れた遠方へ。

 能う限り、進める限り。


「カケコー、カケコー、カッッッ、ッケコー」


 彼には筋が通っていても、僕にとっては無慈悲な不条理。


「俺が操っているのに、何処に居るか分からないとでも?」

 

 知らないよ。

 彼がどれだけ万能だと言うのか、僕は事前知識を持たない。


「逆行まで披露しているのに、一時停止すらできないとでも?」


 そんな常識も、僕には無い。

 僕の棲んでいた世界には。


「俺は太陽を操れる。この惑星ほしでの『太陽』とは、それ即ち時間と同義」


 違うか。

 僕が居るここに、その法はずっとあった。

 安心する為に、目を逸らしていただけ。


「地球内で流れている、全ての“時間”を一手にあくする」


 ちんけなプライドを優先し、無力を忘れて酔っ払う。その道を選んだ。

 それが僕の、逃れられざる罪。


「それが俺の、“S・S・U”」


 黎明も斜陽も思いのまま。

 一味も二味も違う法外。


「“報晨鶏鳴三聲サニー・サイド・アップ”だ」


 破滅の足音が大きく高く。

 

 讃美歌が遠くに木霊している。

 

 この身に罰を受けることで、


 彼女が自由になれるなら、


 僕は、それをこそ望むだろう。


 万事休して窮した土壇場、


 やっとそれに気が付いた。


 もう遅いことも、分かっていた。

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