夜気者

20

「先生、正直に言って?いっつも私たちに説くように、『正直に』、ね?」


 

 火を吐くような荒い気性、恵まれた上で鍛え抜かれた体格、穏やかな温情と獰猛な規律、それらを兼ね備えた「ライオンナ」こと宍戸木綿人は、


 今、職員室前にて、10人がかりで押し潰されていた。


 手足をホールドされるだけでは飽き足らず、押さえる者の上から更なる体重が追加され、潰れた組体操ピラミッドみたいに、滑稽とすら言える様相であった。


「お前、たち……、なにを……」

「『何を』?『何を』って言ったあ?」

 その前に立つ、蠍めいて毒を刺し散らす女。

「私達の命を粗末にして、あぁんな“厄”を忍ばせといて、しかもそれをまた隠蔽しようとして、『何を』ってぇ?」

 

 択捉芹香。

 そして、彼女の軍隊。


 そう、信奉者たちは、今や軍団と成り果てた。

 彼女が唱える、「早期終結」。それが時間の流れを取り戻すと信じて、「勇気ある行動」に移ったやから共。覆面やヘルメット、ゴーグルに面頰めんぽお。顔を隠した“大衆”達。

 マッチ一本、放り込んだのは択捉だ。

 けれど彼女が起爆できるくらいに、ギリギリの状態まで圧縮してしまったのは、大人達の側だとも言える。


 “穴”の発見と、その発覚。

 その後に警察が取った対応は、なんとか人を遠ざけることだった。

 それに伴い、藤有高も休校。何者も刺激せず一段落、それからゆっくりと発表内容を練って、併せて詳細を解き明かす。そういった目論見だったのだろう。

 が、その対処法が逆に、最も近くで過敏になっていた人々、藤有高の生徒達を激昂させた。

 これまで隠されてきた危難が、掘り出され白日の下となったのに、それをもう一度隠す所業。足の下に無断で怪異が放たれていた、そう煮え立つも臆する心が上回っていた彼らにとって、それらが逆転するには十二分な裏切りだった。


「やらせたままだと、私達は舐められたまま終わるよ?」

 蠍は言った。

「子どもだから、まだ物を知らないバカだから、これくらいで誤魔化しとけば、いつか忘れる、このまんま埋めといてもバレないって」


 これまで散々、恐怖を煽っておいて、今度は怒りで炙ってくる。

 息を吐くのすら難しい極寒の中で、内にともる熱を覚えたならば、それに拘泥するのは必定。

 逃げるようにして、みんな憤怒に染まっていった。

 文字でも音でも唱和する。


「厄捨穴を埋め立てろ」、と。


 そして彼らが行ったのが、校内への強行突入。

 “敵”戦力を削いでいき、“穴”を、その中で眠る“人喰い”を殺す。それを心に決めてしまった。

 そういう暴徒に、宍戸は捕まったのだ。


「先生?ねえ先生。し・し・ど・センセ?」

 択捉は膝を曲げ、しゃがみ込んで教師の顔を覗く。

「なんか反抗的な目がムカツク。爪とか歯とか立てて」

「がああああ!!」

言い聞かせているのは、主導権があるのはどちらか。手足となった同級生を使って、それを骨身に刻まんとする。

「こんなの…やめろ………よくない…おまえたちに…」

「うっわーつまんなー。もっと無いんですかあ?そーゆーテンプレート的なのじゃなくて、感動的で膝を屈したくなる説教は?」

「はなしを、きこう……はなしを……」

「だめだこりゃ。誰か、アレ持ってきて」

 右掌を上向けて命ずれば、働き蜂が武器を捧げ置く。

 片手サイズで先端が二股、黒く無骨なその器具の名は、皆さんご存知、

「スタンガン。これで安眠」

 スイッチを入れると極小の稲光が、火花の散るような音と共にほとばしり、宍戸の体表を焼き走り、何度目かで失神させた。

「よし、と。それじゃ、そいつの身体検査お願い。それ以外の人は、例の物、ちゃっちゃと探しといて」

 彼女の軽い号令で、全員が動き出す。

 2年生の内、ほぼ一割がこの反攻作戦に参加。


 警戒態勢の藤有高に、彼らがどうやって入れたのか。


 経緯を知るには、つい20分前に遡るべきだろう。




 6月30日、15時20分。

校門前には説明を求める保護者他関係者がたむろし、報道各社と野次馬が加勢して、垣根でも作っているみたいだった。

 スマートフォンからショルダーカメラまで、大小様々な“眼”を爛々とさせ、幾度も閃光を発しながら、全国物のニュースにありつきたいとむしゃぶりつく。

問題となっている“穴”の発見から一日を挟み、篠突く雨天の只中にあって、尚も勢力は衰え知らず。

 学校再開の目途どころか、通行すら非常に困難。波風立たないこの街で、降って湧いた奇怪な醜聞。地元の人間は言わずもがな、津々浦々からたかって来る、新聞・TV・ネットニュース。常なる厚顔無恥に加えて、集団心理を纏った彼らは、今や無敵の質量塊かいと化す。大義名分を捏ねる知能がある分、尚の事始末が悪い。


 嘘と流言と妄念ばかりのこの事件の中で、最も正直で分かりやすい連中と言えた。


 彼らは質問しているつもりだが、意味のある音にしたいなら、仲良く順番に喋るべきだ。それができないなら、工場機械の喚きと変わらない、純然たる騒音である。役には立たず有害なだけ。

 

「下がってください!」

「入らないでください!」

「すいません一言!ひとことお願いします!」

「押さないでください!」

「学校の下に何らかの生物兵器が隠されていたというのは本当ですか!?」

「死体の処理に使われていたという話もありますが!?」

「捜査中!捜査中です!離れてください!」

「この学校の持ち主である神螺家から警察に圧力がかかったという話もありますが!」

「そのような事実はございません!」

「子ども達を預かる場所として、このような不祥事をどうお考えでしょうか!」

「是非とも学校関係者の方に直接お話を伺いたいのですが!」

「許可できません!後程正式な記者会見を開きますので、その時に!」

「おい、きみ!学生は自宅待機だ!危ないから帰りなさい!」



 それらに意味を見出すなら、にとっての利用価値のみ。



「君!聞いてる——」

 危機管理意識が足りなかったと、そう責めるべきだろうか?

 そんなことがあるわけないと、高を括ったことは怠慢だろうか?

 押し寄せる人塊じんかいの中、少年を案じるのは間違いだろうか?

 きっと周囲に居る彼らなら、嬉々として責め苛むのだろう。

 ここに無秩序を招来しながら、「警察の抑止力が正常に機能しなかった」として、責任をまるっきり被せてしまう。無法を通せるなら、誰だって自由にやりたくなる。

 だから、


 警官が一人、目の前で刺された時、


 少年が防衛線を越えて、門の内側に駆け込んだ時、

 

 誰かも分からない数人が、「追うぞ!」と声を上げ走り出した時、


 彼らは一瞬の怯みの後、熱狂の渦を巻き上げて、穿たれた隙から雪崩れ込んだ。


 これから、凄い事が起こる。人が死ぬかもしれないし、前代未聞の暴露だって有り得る。相手はナイフ一本の少年。向かっているのは警官の群れの中。猟師に囲まれ狩られる獣を、遠巻きに撮るのと変わりない。

 言うまでもなく、危険行動。次の標的に、選ばれるかもしれない。そういったリスクを計算する思慮深さは、幾つもの足の下敷きとなった。「みんな行く」「みんな居る」「みんなやってる」「みんなから遅れる」「みんなに出し抜かれる」。脳の裏っかわに生えた口が、彼らをそうやっていた。

 止まらなかった。

 止められなかった。

 少しの不安程度では、堰き止めるなんて無理だった。

 何で騒めきが大きくなったのか、どうして群集が動き出したのか、それも知らないまま乗ってみる者が大半。そこでは言語など無用の長物。


 守りが決壊し、屍肉漁りが蹂躙する。


 人を喰って生きる化け物なんて、ここでなら沢山見ることができる。


 その騒然に混ぜこぜになって、少年少女達が敷地内へ浸透し、集合場所に向かうこととなっても、


 誰一人咎めることができない。

 それ以前に認識も叶わず。


 椅鳶羽も、その一人だった。

 彼女では、択捉の動きを予想できない。

 ならば、付いて行って見届けるしかない。

 大変な事を仕出かさないか、自分の目でじかに見張って、いざとなったら止めるしかない。

 万が一にも、鳩子に累が及ぶなんて、許してはいけない。可能性が低くとも、「もしも」が潰えず、気が気でない。

 だったら、自分で防がなくては。



 そして現在、

 鳶羽は択捉達と共に、この馬鹿げた暴動、いや、暴走に加わっている。

 彼らの作戦には、高度な技術も革新的な発明も、特異な要素は欠片とて無かった。

 大勢集まった人間達を隠れ蓑にして、明々堂々と集結する。

 人の茂みの中から敵前衛に強襲を仕掛け、一度ひとたび食い破ったなら再構築される前に突破。それと合わせて複数同時に突撃を呼び掛け、寄せる波に運ばれて悠々と入校。

 あとは先陣を切った少年に連れられ、取材陣が“穴”に大挙している間、現校舎の方を制圧するのみ。


「さて、いい加減向こうも落ち着いた頃だろうし、ネクストフェーズといこっか」

 択捉がテキパキとまとめ上げ、次弾が着々と装填される。

 表面上は従順に動きながら、鳶羽は意外な顔を見つけた。

 浮かない様子の佐布だ。神螺とは敵対サイドではあるが、こういった行動力とは無縁の人物だと思っていたし、現に迷いが見え見えである。参戦するとは思っていなかった。彼も「勇気」を出したのだろうか?


——そっか。だったら、やれるかもしれない。

 

「もしもし、羽刈茉音刑事ですか?こちら、択捉芹香です。先日はどうもぉ」

 物思いに耽っている間に、事態は後戻りできなくなっていく。

「現在の藤有高等学校は、私達二年生を主とした義勇軍、総勢30名が制圧しています。教師2名と、私達が連れ込んだ小心な生徒10名、計12名が人質です。要求は二つ。旧校舎裏、慰霊碑直下にある“穴”を私達に見せること、並びに神螺阿藤あどう直々の説明。そちらが応じない場合は、生徒から一人ずつ死にます」

 有無を言わせず、是非も無く。

「10分後にまた連絡します。どうぞよろしく」

 言いたい事だけ言って、彼女は通話を切った。

 交渉もへったくれも無い。選択肢を与えないつもりだ。

 生徒が死ぬか、真実を話すか。

 その二択から前者を取れば、今度こそ国家権力は地に堕ちる。

「事前の取り決め通りに。だいじょーぶ、先手を取ったのは私達だから」

 “穴”の許に着くだけなら、ついさっきの一波乱だけで良かった。

 人混みと一緒になって、座り込みでもすればいいだけ。

 そうしなかったということは、彼らの目的が解明でなく、

 

 脅威の“抹消”であると仄めかす。


「じゃ、行こっか」


 5分も経たずに、行軍を再開。彼らに偽の期限を与え、更に一手分のアドバンテージを取る。どこまでも人を食ったような女。信頼や誠実の対義語的人物。けれども彼女が大人達を騙し、この戦場を躍らせているのも事実。そこに痛快さを感じてしまい、生徒達には危うさが見えない。

 一時の“ノリ”で担がれているが、それを誰よりも自覚して、支持の浅薄さを逆用している。彼女が見せるのは正しさではない。「戦っている」という自負である。正体不明の怪物と、いないかもしれない黒幕相手に、ゲームが成立しているという昂奮。


 怖気おぞけを遮断できるだけでなく、こころよさが芯へと流れ込む。

 

 抗える者は、そうはいない。

 

「“厄捨穴を埋め立てろ”」


 口にしたのは誰なのか、


 今はそれすら判らないくらい、


 その場の熱に浮かされていた。


 皆がみんな、目の色を変えていた。

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