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「“蠱毒”って、知ってるよな?」


 

 肯定しても否定しても、お前は勝手に話すだろうに。

 逐一聞いて来るのは、彼なりにコミュニケーションを欲しているのか?


「複数の毒虫を一つの壺の中に入れて、蓋をする。中で喰い合いが発生し、最後に残った一匹が、質の良い呪物となる。有名だな」


 僕はと言えば、その話はどうでもよかった。より正確に言えば、彼の話を聞いていなかった。

 聞けていなかった。

 当惑の極致みたいな心持ち。

 足が無い。両足の下部が。

 それがあった空間に手で触れてみて、普通に素通りすることからも、不可視なだけでなく「存在しない」と分かる。

 しかし、痛くない。血も出ていない。直立できず、這い進むしかない、それだけである。

 まだ、その時は来ない。業苦の負債。未払いの苦悶。それが過積載となり、僕の頭から倒れ降る。「その時」がただただ、おそろしい。


「色々言われてる手法だ。呪いとしての観点から見れば、死せる者の念を一身に背負った一体を完成させる、複数の呪詛によって多重化した呪物を作ることで、解呪を困難にする、といった、結構納得の行く説明がくっつく」

 何?何だって?

 「納得」?今僕は何も納得してないぞ?

 「くっつく」と言うなら、この欠損をくっつけてくれ。

 頼むから、待ってくれ。それが無理なら、言ってくれ。この足は、この先ずっと起きることはないと。時間が止まったままであると。

「一方生物学で言えば、単に強い奴を選別し、それを暗殺用の道具とする、そういった考察もできるらしい。最も強い毒を持つ奴が、毒への耐性も最高で、従って敵に毒を挿すのに最適。そういう『弱肉強食』的な考え方だな。いや、『毒の強弱』という勝敗設定の中で、生き残るのは何かを見ているから、『適者生存』か?どっちでもいいか」

 どっちでもいいのは、その通りだ。

 どっちにしろ、僕は弱くて死んだも同然。

「ああ、誰かが“生物濃縮”と言っていたっけ。有毒物質を喰った奴、を沢山喰った奴、を沢山喰った奴………、そうやってどんどん溜まっていくって。水俣病とかで起こってた現象。あれは、『生物由来の毒じゃあ起こらない』って、否定されてた気がするけど」

 嚙んで含めてくれているところ悪いが、

 何の、

「何の……話だよ……!」

 ご機嫌取りも忘れて、のたうちながら訊く。冗談だとしたら、分かりにくいし笑えない。

「俺がなんで、こんなことしてるかってぇ話だよ」

 僕からの怨恨を、知ってか知らずか。どうあれ、彼にとってはささやか過ぎて、問題にもならいのか。話題運びが、丁寧で緩慢。僕に聞かせようという工夫は無く、誰かの前で言ってみたかっただけ。その意識が透けて見える。


「この世界を、夜の中に閉じ込めた」


 主犯の口から、動機が語られる。

 どうせ僕では、理解出来ない。

 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。

 言われたところで、景色に差があり過ぎて、視線の高さが交わらない。


「俺がこれを出来ていると言うことは、大人どもが言っていた可能不可能論なんて、根拠薄弱な予断でしかなかった、そう言える」

 地球上だけで通用する約束事。より強い決まりの前では、覆される仮の協定。

 コロコロ変わる、テーブルマナーと一緒だ。

「と、すると、俺が従うべきは、強力な方であると言える。環境に適応するという生存戦略として、至極当たり前な結論だろう?」

 市の条例が定められ、それが物理に反するならば、遵ずるべき法とはどちらになるか。宣言するまでもないだろう。同じ話だ。一つの社会の中だけの規律なんて、もう守ってやる義理はない。

「で、俺はこう考えた。どうやって重力に縛られるこの星から、自由で絶対な世界へと、完全に移行できるのか。その手順を知らなくちゃいけない」

 その二つが、いつまで重なっていてくれるのか。それすらも分からないのだから、急がなくてはいけない。

「だから、抽出することにした。俺達の世界の中で、俺と同じように、“解放”されかけているモノ達を」

 そしてそれ以外を、ことごとく眠らせた。

 彼の好奇心、探求心、または冒険心の為に、全土を巻き込んだ。

 僕達、贈り物を受けた生徒が、例外的に動けるようになっていたのは、彼がそう調整したからだ。

 彼は法の化身であり、現身うつしみすらない法の忠臣。

「で、その中で、お前らがどういう動きをするのか、それが見たかった」

 リンゴを落として引力を見るように、

 僕らをぶつけて世界を測る。

「同時に、最も適応出来る奴を知りたかった。何が強く、何が弱いのか。何が有利で、何が不利なのか。ルールを知らなきゃ、勝つことは難しい」

 彼の“蠱毒”。

 箱の中身を手探りで当てるように、ワインの舌触りで銘柄を当てるように、

 未知の地平を開拓する。

 

 だけど、一つだけ。

 ある法則だけは、既知の物だった。

 僕らがどう動こうと、

 “彼をくだすことはできない”。


「何度も回してみたいから、死なない程度にやりあわせたかった、んだが、お前がやんちゃして、校内の貴重なサンプルが一掃された」

 「それはいいんだ」、鷹揚なる王のように、彼は頷いた。

「今気になっているのは、お前が犯した罪についてじゃあない。お前が使ったズルについてさ」

 「ズル」?

 それが意味するのは、僕の“YJB”か?

 それとも、


「お前じゃあ、あいつら全員は殺せないだろ?」


 あ、いけない。


「特に俺の見た限りでは、あの女を仕留める術が、お前に無い」


 こいつは、駄目だ。


「お前が外的要因で生き残ったなら、俺はそれを知らなきゃならない」

 

 彼を連れて行っては駄目だ。


「お前、何を使って生き残ったんだ?」


 場合によっては、攻撃を受ける気でいるのだろう。

 僕に秘密兵器があろうと、僕が別の存在を利用しようと、勝つのは彼だという自信を持っている。

 彼女の前で、それは思い上がり、と言えるならいい。

 問題は、底が見えていないこと。

 僕が何をされ、どうして今床に転がっているのか、それが理解不能であること。

 

 彼女が殺されるか、

 彼女が彼を選ぶか、


 浮かぶ未来は、どれだって最悪だ。


「教えて欲しいんだ、俺は」


 彼女の方は、目的すら判明していない。


 万が一、彼を求めていたならば、

 二つを引き合わせてしまったら、


 それが一番、


 厭だった。

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