13
「ぶ、ぶっっっ、ぶっころ、ぶっころす」
彼がそれを遂げる前に、僕が彼を終わらせなければ。
そうでなければ、僕は彼女から受け取るだけで、そのまま奪って返さない恩知らずだ。
報いたい。彼女に、感謝を。
「お、おお、俺、おれのこと、馬鹿にしたよな?あ?おれ、おまえ、おれ、見下したよな?」
口角泡を飛ばし、焦点はタイルの継ぎ目に結ばれ、パクパクと口を開閉する。もう尋常の精神状態ではなく、話し合いなんて放り出すのが正解だ。
「おれが、できないって、頭悪いって思ったんだろ?だ、から、あんなこと、このおれに!!」
頭から血を流し、ご自慢の金髪が汚らしい黒を混ぜ込まれる。と言うより、被せられる。傷ついたのは神経かプライドか。そんな未確定情報は、詮索するのも時間を無駄にするだけ。ただ確固として分かることがある。彼は諦めず、僕を苦しめる方法を探し、
今、大正解を引いた。
「少しだけ、待って」「おぉおおい、おいおいおいおい!おい、お前!」
僕の説得は、走り出しで躓いた。
「俺に、めいれい、するのか?ん?なんで、お前が?」
彼にはどうやら、その気が無い。つまりは、話し合う気が。言葉を使う意思が、残っていればいいのだが。
「逃げまっわるか?また?またまたまた?」
彼は彼女の髪を引っ張り、顔と顔を近づける。
「ま、べつに、いいけど」
クソが。
沸々と苛立ちが沸いてくる。
一度痛い思いをしたくらいで、一回殴り返されたくらいで、彼は僕と「闘う」のをやめた。弱い者虐めの構図を、なんとか取り戻そうとする。
前回の僕は、動体を利用して彼を嵌めた。だから彼は、僕が動けないよう縫い留めたかった。それには、「もう一つ」が必要だ。僕を釣る為の、餌が。
「ふぅぅぅうううん、んんんんん~♪」
彼は彼女の顔を片手で挟むように掴み、角度をあちらこちらへ変え、品定めするみたいに弄繰り回す。彼女が逃れられず、抵抗もできず、声すら出せず、それを利用した最低な作戦だ。違う。「作戦」と呼ぶのも烏滸がましい。これは八つ当たりだ。僕がダメなら、僕にとって大切な物を壊す。短絡的で単細胞な頭は、誰も得をしない状況を作るのが上手い。
「ケッコー美人だなあ?俺、もらっていいのかなあ?」
良いも駄目も、彼女は僕の持ち物じゃない。僕は彼女に助けられてばっかりだ。だから、僕は守れるようになりたい。
善意の手を、取れる人間になりたい。
悪の理屈の、誤謬を指摘したい。
彼らと、並び立てるようになりたい。
僕は、僕なんだと、それだけのことで胸を張りたい。
強くなって、彼女と一緒に、幸せになりたい。
お前なんかが、所有できるものか。
それは、神秘にして真美、そのものだ。
僕は、手近にあった容器を壁に投げつけた。
割れ砕ける音。ガラスのビーカーが派手に散らばる。
極度の緊張の中だったからか、油断しきっていたからか、急に大きく鋭い音が鳴ると、彼は気の毒なくらい竦み上がった。
当然、“YJB”は発動されている。自分を驚かせた物が何か確かめようと、照明無き室内で目を凝らしてしまう。それを見て、僕はすぐに室内灯のスイッチを入れる。光を貪欲に吸っていた瞳孔に、急激かつ大量に摂取させてやる。彼は両手で眼前を庇い、外界をなるたけ遮断して、
僕のことも、全然目で追えない。
対峙する覚悟が無いから、簡単に瓦解する。「こうはならないで欲しい」、そういう希望的観測に阻まれても、果てまで見通した気になっている。小物だ。こんな小物が彼女を使う、それこそが心底許せない。
「あああぁぁあぁあおお!」
椅子を持ち上げて、横から叩きつけた。
自分から直接攻撃するのは、初めてだ。これまで避けてきたのは、どうせ勝てなかったからか、
どうせ、勝ちに意味が無かったからか。
今は違う。僕は、倒さなければいけない。雑兵も邪悪も無い。彼女を食い潰すつもりなら、僕の手が届く限り打ち続けろ。効果があるとかないとか、勝率がどうとかメリットがこうとか、そういう話はしていない。
ただ、彼女の敵を、赦してはならない。
椅子を振り回す。彼を追い立てるように、彼女から離すように。結構な回数を振り抜いたと思ったが、手に応えたのは二・三回くらい。「慣れない事をするものじゃない」、そう言う人もいるだろう。「うるさい」、僕はそう答える。慣れてないからって、必要な蛮勇を見逃すのか?それこそ、愚物がやることじゃないか。
「ご、ぅぶ!」
足が冷たく痺れる、そう感じた時は、もう手遅れだった。彼が触れていた机が、前触れ無く僕へ全速追突。質量に任せてもう一撃を放っていた僕は、それを認識しても止まり切れない。自分の勢いそのままに、重みと交叉し激突した。踏ん切りをつけた躍進は、いつだって強力な反作用を招く。それとの出会い方を間違えると、こうやって自滅の道を転がる。決意が深く、決断が勇ましい、その分だけ多く、取り立てられる。
がら空きになった胸倉が掴まれた。引き寄せに抵抗。踏ん張った足が空を切る。地面が下に離れていく、ように見えて、上へと去っていく。僕は宙に浮いていた。正しくは宙から落ちていた。見上げた先が、そのまま衝突点。“ShTu”、彼は距離を操る。今度は頭を庇うことも出来ず、もろに食らった。
起き上がれない。
いまのは、よくない。
かなり、うまくない。
仰向けから
「そ、そこで、おとなしくしてろよおお、おい?俺が、この女、楽しむからよお…」
僕が身動きすら困難であるうちに、僕の大切なものを壊してしまおう、その魂胆を隠さず露出。
奇跡は起こらない。
最もあり得る結末が近い。
今のこの様を、皆は何と言うだろう?「ほうら見ろ」、そう言いたいのだろうか?「知らぬフリして、逃げるべきだった」、僕にはそれくらいしか道が無いから。
「
なら、見てろよ?
いいか、見てろよ?
僕は彼女を守って見せる。僕だけにしか出来ないやり方で。
「“——
彼に視線を誘導する。
指を差し、全霊を以て、この場の全てに彼を見せる。
醜く厭らしい劣情と、小さく暗い復讐心。その対象が彼女であると、彼を見ただけで理解させる。そのつもりで発動する。
逃げて。僕はそう言った。全てを受け入れる彼女なら、その願いも聞いてくれるのじゃないか、最後に残った人任せの望み。
僕がした事も知らず、もしくは興味も危機感も抱かず、彼は彼女に向かって
「おい、い今からお前を」ペロリ。
腹部あたりから生え伸びる、しとどに濡れた根のようなもので、液体を網のように操り、彼女は彼をあっさり飲みこんだ。
「………」
ゆっくりと、
この場では、音はもう、よそわれない。
僕には発するべき言葉がなく、彼女にはその必要が無かった。
僕はその時に、
出逢ってから数時間で漸くと、
彼女が捕食者であると知った。
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