11
「僕はね、これまでは
彼女に懺悔するのは、とてもズルい行為だと思う。
彼女は絶対に否定しない。顔を顰めたり、嘲笑ったりもしない。
それが分かっててやっているのだから、ゴミ箱に捨てるのと同じことだ。
会話も出来ない卑怯者の生き方だ。
けれど僕は、やめられなかった。
止まらなかった。
「僕は、自分では特別な人間のつもりだったんだ。人間が特別なつもりだったんだ。世界に二つとない、替えの利かない大切な命だって」
こういう話ではお決まりだが、僕はその後思い知った。
そうじゃあないのだと。そんなことは、ないのだと。
僕は、僕達の影響力は、星屑よりも小さいのだ。
「一度厭になって、それで次は、一歩引いて冷めてる人間になった」
人間はどうせ、どう頑張っても意味が無い。そう言っていれば、達観した賢人になれた気がした。
「けどね、それも失敗だった。僕はまた、自分の浅さに足を取られた」
「特別な人間」を、見てしまった。
存在したのだ。僕ではなかっただけで、確かにそれは居た。
「“特別”になれるかどうか、その素質の有無は、僕らにはどうしようもない。だけどそれを持っていたとして、それが芽吹く為には、やっぱり努力と執念が必要だ」
僕は、特別になれなかった。
それが最初から閉ざされた道だったのか、それとも放棄してしまったのか。僕にはそれすら分からない。
僕は、何もしていないからだ。
だから僕には、自分が何を持っていたのかを知る、その資格さえ無い。
僕は、動けなくなった。
月を見上げる
きっとそれは、相も変わらずよくある話、なのだろう。
どんな重力も振り切って、どこまでも自由に飛んで行ける。強く望めば、月にだって行ける。そんな夢物語が、いつからか現実と繋がってしまった男の話。繋がったように、見誤った話。テンプレートになるくらい、使い古されたプロットだろう。
僕は諦めてしまったのだ。人生は自由だと人は言うが、行ける場所が多過ぎて、ほとんどの人間は迷ってしまう。ふと気が付くと時間は浪費され、届く範囲がどんどんと狭まっている。僕はもう、手遅れだった。なら最初から、何もできなければ良かったのに。
月の上の重力みたいだ。制限されない無重力と思わせて、引っ張る力がそこにはある。僕らは、それから逃げられない。
あの「贈り物」も、僕を主役にはしてくれない。どれだけ何かを目立たせようと、僕自身は脚光を浴びない。
僕は、じゃあ、僕はなんだろう?
とうとう僕は、偽物の月にも乗れなくなった。自分は天上へと至れるのだと、欺く事すらできなくなった。
「僕は、なんでもない……」
工程の途中で削り残されたみたいに、レシピの真ん中で飽きられたみたいに、何の形もしていない。太陽に照らされていようとも、美しく照り返すこともしない。光にさえ愛想を尽かされ、顧みられない塵芥。
「…………」
彼女は、何も語らない。
聞いているのかすら定かでない。
ただ、彼女の中で甘く浮かんでいると、これでも良いのかな、なんて思ってしまう。
ここでなら、何にならなくても許される気がした。
僕の中の負を食べてくれている、そう感じた。
責められないというだけで、急かされないというだけで、ただ一緒に居てくれるだけで、
彼女が僕を、傷つけないでいてくれるだけで、
僕は此処に、居て良い気がしてしまう。
僕の情けなさも、不用意に人を傷つける棘も、彼女には効かない。歯が立たない。
彼女はここを、液体で満たしている。外からでも内からでも万難を和らげ、鋭さも危うさも丸めてしまう。彼女に閉じ込められているのか、彼女に護って貰っているのか。
その時の感覚が僕の記憶に、小さくない波紋を立てる。
ここは何かに成る前に来る場所で、
ここから出る時、僕は生まれ変わっている。
まだそんな、都合の良い未来を、
僕は、見てもいいのだろうか?
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