5

「それが良い!君はその顔が良いんだよ!」



 全然良くない。

 僕がそう言っても、聞こえてはいなさそうだった。

 這って物陰へと滑り込む。脇腹が痛む。

 さっきあの骨の尖った部分で、刺し突かれてしまったからだ。あの部位は嘴だったのだろうか?咄嗟に腕で跳ね飛ばしたが、あれで壊れてくれれば苦労はない。

 その懸念を裏付けるように、軽やかに床を疾駆する音が、さっきから止まらず煩わしい。あの骨が——いや、複数居る——、骨共が、僕のことを囲い詰める。そこら中に居る。あいつ、幾つ残していたんだろうか?

 

「私は、自分の事を影だと思っている」


 訊いてもいないのに、よく喋る男である。

 擾乱じょうらんの気配と共に、宴会場じみたやかましさの教室。


「私は光によって生まれ、それが有る限り決して消えない」


 うん?何か違うのが居る。

 跳ねるような乾いた響きでなく、重々しく湿っている。形が、と言うより、種類が違う。


「私に贈られたも、その在り方の正しさへのご褒美だ。そうに違いない」

 

 じゃあ僕は何だ?僕が誤っていた人間だったから、君達の玩具という立場を与えられたのか?

 こうして逃げるしか手が無いのも、太陽が照りつけたが故のどん詰まりなのか?

 

 手の甲に痛み。見下ろすと手のひらサイズの骨が、皮膚を破いて食らい付いている。

 悲鳴とともに地へと叩きつけ、潰すように拳を床面に擦り付ける。

 今のは仕留める為の攻撃じゃない。何をしたかと言えば、

「そこかあ!さあ続きを聞いてくれ!」

 獲物の位置を割り出したのだ。

 隠れ直そうと腰を上げる、前に、大きな力によって、机や椅子ごと跳ね飛ばされる。

 左右に頭を振りながら、余力を振り絞り視覚を醒ます。目の前に汁をばら撒きながら、四つ足で立っている怪物が居る。

 これ一匹作るのに、どれだけ切れ端を集めたんだ?ステーキにハンバーグ、シチュー、ビーフストロガノフや牛丼と、献立を経る度にこっそり忍ばせ、せっせと育てていたのだろうか。

 

 何が居るかと言えば、牛が居る。

 種々の牛肉料理、その一部が寄せ集まって生まれた、形だけ牛の化け物だ。本来の角は無く、その場所にはシャベルが埋まっている。恐らく骨も代用品だ。


 少しでも後退ろうとし、その足を掴まれる。木だ。幹のようなものが巻き付いている。

 以前、生物の時間で習った事だ。ある種の食虫植物は、虫を掴むように「動いて」捕獲する。これは細胞内のイオン濃度を変化させ、水分量を調節することで、その細胞を膨張・縮小させるというメカニズムを利用している。葉の片側が膨らんで、反対側が縮んでしまえば、包むように丸まっていくわけだ。もし植物を意のままに操れるのなら、同じような「動き」は再現可能だろう。


 鶏の骨格らしきデザインに変形した、あの骨共も含めて考えれば分かる。


 やっぱり、死体だ。


 彼は死骸を保存して、それらを組み替えたりいだりして、生物擬もどきを作ることができる。

 

 前にTVでやっていた。

 想像力が欠如した少年少女は、魚の切り身がそのままの姿で泳いでいる、そんな海を空想するらしい。

 それってこういう光景なのだろうか?なんて、現実逃避も含めた寄り道思考を脇へ置く。


「遍き陽光を戴いて、私は今日ここに居る!王とは、絶対者から授かった者のことだ!」


 何を言っているんだか。やっていることは、残飯で遊ぶ小学生だ。

 だけれども、そんな阿呆に僕が追い込まれている、それは認めざるを得ない。

 あんな不完全な、死体としてすら未完なオブジェが、僕を殺しかけている、その事実に向き合うべきだろう。

 足りない部位を関係の無い肉で補って、ただ体裁だけ整えた急ごしらえ。そういう雑な肉の塊に、踏まれるのか喰われるのか、狩り殺されようとしている。

 本当に笑えない冗談だ。

 まだ打開策の一つすら——


——『不完全』?『肉で補う』、だって?


 僕はほぼ反射や発作のように、自分への贈り物、その包みを破いた。


「あ!そこだ!」


 効果のほどは、思った通りだった。

 肉牛にくうしは誘われるようにして、自分の足を見つけるや否や、悍ましき獰猛さでそれを噛み千切る。先が無くなった前脚に、間髪入れずに二口目。

 三口、四口、五口、口口口口口口口口口口………

 まだ足りない、もっと欲しい。

 自分を埋める為の捕食なのに、食べるほどに欠けていくのだ。危険信号たる痛みも無いなら、その暴挙が止まる道理が無い。創造主に牙を剥けずとも、自死の道は選べるようだ。


「ほほう、それが?」


 彼にまじまじと観察され、赤面する。


 これが、僕が触れた奇跡。

 これが、僕の非日常。


 “道化の見る夢ユエ・チェン・ピィン”。縮めれば“YJB”。僕はそう呼んでいる。


 ただ、視線を一箇所に集めること、


 何かを、目立たせること。


 僕に出来るのは、それだけだった。

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