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「“ガラパゴス”、という言葉の由来を知ってるか?」



 燃える常闇に見下ろされ、

 墨染めの彼はそう訊いてきた。

 

「なんだっけ?教えてくれよ」

 ここで自分の知ってることを語るのは二流。彼を相手にするなら、どんな常識でも彼から教えて貰い、彼の博識を褒め称えるが定石。

 それで付け入れる事が出来れば、それはそれで儲け物なのだが。


「エクアドル共和国の一部、太平洋赤道下にあるガラパゴス諸島のこと。他の陸地から隔絶された環境で、長い時を過ごしたそこでは、他では見られない固有種が数多く発生した。そこから、閉じられた場所の中で、特異な適応進化が起こっている状態を、“ガラパゴス”と言うようになった」

「へえ、物知り博士だ。世界一を僭称するだけはある」

「まあね」

 学習机の上に乗り、一席ご高説をっている彼は、教師すら超えた正義を自認する。

 それで、

「今のこの状況にどう関係あるの?」

「ここからが面白いぜ?俺達は地球に住んでいるよな?」

「勿論その通りだ」

「それはとても奇跡的な確率だ。惑星がハビタブルゾーンの中にあって、水があって、生物が生まれ、更にそいつらが脳を持って、自分と関係ない余計な事まで考え始める。広く起こることじゃない」

「それは、そうだね」

「じゃあ聞くが、地球っていうのはデカいかな?」

「そりゃあ、一万km以上の直径がある球体だぞ?小さくはないでしょ」

「じゃあ木星は?太陽は?銀河は?」

「そりゃスケールが違うよ」

「そういうことだよ」

 どういうことだよ。


「俺達が生きているのは、真空の海に囲まれた、狭い孤島ガラパゴスだ」


 成程、言いたいことが分かってきた。

 しかし、ここで結論を先取りするような、初歩的な愚は犯さない。

 探るような目で先を促し、言いたいように言わせてやる。


「ってことは、俺達は他では見られない特異な現象で、この地球の常識なんて外から見れば、マイナー極めたローカルルールでしかないってことだぜ?」


 極めて稀有な偶然によって生まれた、例外中の例外な世界。

 

 その外には、

 この星の重力から逃れた先には、こことは違う法則があるのか。

「俺達が今見ている物も、本来はありふれた常識でしかないさ」

 弱きが強きに、痴愚が賢者に、醜悪が美麗に。

 そういう転換が、どこかであるのか。


「俺達は、人の中で初めて、宇宙に、世界基準に触れたんだよ」


 いいや、そんな虫の良い話は無い。

 「外」が僕らを救ってくれるなら、今こんなことにはなっていない。


「俺達の“授かりもの”は、当たり前だったんだ。ただ、この星とは繋がっていなかった、その場所にあったってだけだ」


 それによっては、僕らは“逆転”出来そうだった。

 だけど、見せつけられる。

 持たざる者は、どの世界でも持たざる者だと。


「アポロなんて目じゃない。俺の足跡は、偉大な旅路になる」


 本物とは異論無く、寵愛を受けているのだと。


「俺は、最も尊いのさ。この窮屈な世の中で言うなら」


 地球から、太陽系から逃れたところで、


 僕の才の無さは、動かぬ事実。


「これを見れば、誰もが言うだろう。俺達のことを、異端と呼ぶだろう」


 僕が非日常に身を置いて、それで得られるのはこれっぽっち。


「だけどそれは、誤謬に満ちた見方だ。彼らは狭っ苦しい規範の中に居て、俺達は広遠な気宇と同質なんだ」


 ああ、味気ない現実。

 救いようがない。


「正しいのは、俺達の方だ」


 

 僕が牛の角を持つ奇跡と出逢うのは、

 これよりもう少し後、蒼い月の夜だ。

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