第8話 空っぽの夜
喫煙所から二人が戻り、再び三人になった
「この後どうする?少し早いけどどこか飯でも食べにいくか?」
航が蒼馬を振り返る。
「ん、そうだな。でも悪い。俺今日は帰ろうと思う。」
蒼馬が目の前の二人に告げると、航と燈は少し顔を見合わせてから、再び蒼馬に向き直った。
「今日あんまり元気ないよな、どこか具合でも悪い?」
航が蒼馬の顔色を伺う。
「そういうわけでもないんだけどな…。とにかく悪い、今日は帰るな。」
そう言い残し蒼馬は二人を背にして歩き出す。心なしか、少し早足で。
エスカレーターを駆け降りるようにして一気に一階へと降り、そのまま外へ出た。夏の熱気が、蒼馬を包み込むようにやってくる。それもお構いなしに蒼馬はすぐ側にあるバス停留所へと歩き出し、ちょうどやってきたバスに逃げるように乗り込んだ。
─────
その日の夜。蒼馬は部屋の明かりもつけずに、眠るわけでもなくベッドに横たわっていた。頭の中にはずっと、蒼馬を見る航と燈の顔があった。身勝手なままに二人から逃げ出すように帰りついたことに、少しの後悔と罪悪感に苛まれていた。
燈からはじめに誘われた時、どうして航がいるんだ。と、蒼馬は思ってしまった。蒼馬は、燈と二人でいたかったのだろう。しかしよくよく考えてみれば、燈を最初にあの場に連れてきたのは他の誰でもなく航で、それ以前にも燈と航が交流を深めてきていたことは蒼馬もわかっているはずだった。
航はいつも通りだった。いつもと何の変わりもない。穏やかで、その場にいる全員との時間を楽しもうとする。あまりにもいつも通りの航だった。そのいつもと何も変わらない航が、蒼馬にどこか居心地の悪さを与えたのもまた事実だった。蒼馬だけがあの場でいつもと違っていた。
蒼馬は、あの二人に嫉妬していたのだろう。
しかし、ここで蒼馬が嫉妬をしてしまうのはお門違いだ。あの二人に割り込んだのは、蒼馬なのだから。
「邪魔者は、俺だよなぁ。」
誰に言い訳をするでもなく蒼馬が一人呟く。そして、目を閉じた。
─────
どのくらい眠っていたのだろうか、窓の外はまだ暗く、冷房の音だけが静かに響いていた。傍のスマートフォンを取り出し時間を確認する。ディスプレイの光が寝起きの目に眩しく刺さる。時刻は日付を超えてから少し経った頃だった。どうやら五時間ほど眠りについていたようだ。時計の時刻をぼうっと眺めていると、メッセージの通知が届いていることに気づいた。
『体調大丈夫かぁ?』
航だった。文面を見ただけで航の声が脳内に浮かぶ。蒼馬は今日の謝罪と、また今度埋め合わせするといった内容のメッセージを送った。
通知はもう一件、燈からだった。
『ごめんね。』
─なぜ燈が謝るのだろうか、今日の集まりに蒼馬を呼んだことを謝っているのだとすれば、勝手に舞い上がり、勝手に嫉妬して、勝手に逃げたのは蒼馬であるのにもかかわらず。
返信はしなかった。燈からのメッセージに返事をしなかったのは、これが初めてだった。蒼馬はスマートフォンを置き、明かりをつけた。一気に光に包まれる部屋の眩しさに目を慣らした後、蒼馬はベッド側のローテーブルに置いてあったマルボロの箱を取り出す。しかし、中身は空っぽだった。
その夜、蒼馬は眠れなかった。
残夏 中尾タイチ @yhs821
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