第7話 渦巻く心




『来週空いてる?』



 突如届いたあかりからのメッセージには、確かにそう書いてあった。蒼馬そうまは見間違いではない事と、来週の予定を確認した後すぐに空いてる事を返信した。そう待たないうちに再び返事が来た。



わたると二人で遊ぶんだけど、蒼馬も来ない?』



 蒼馬は、一瞬だけ嫌な考えがよぎったが何もなかったように、参加する意志を伝えた。返信を終えた後、スマートフォンを側に置き、再びベッドに倒れ込む。燈と会える。今の蒼馬にとってこんなに高揚感を覚える出来事はない。



─例えそこに第三者がいたとしても。




─────




 一週間が経った。場所は以前とは違う小さな駅。燈と初めて出会った大型モールの最寄駅だった。ベンチに腰掛けて待っていると、ホームに車両が到着した音がした。程なくして、改札からぞろぞろと人々が行き交う。その人混みの中に、燈と航の二人がいた。


「おう蒼馬〜 元気かぁ〜」


航がいつもの調子で声をかけてくる。それに対しこちらもいつもの調子で返すと、その横で燈が声をかけてくる。


「久しぶり、元気だった?」



久しぶりが、初めて会った日のことを指しているのか、二週間前のことを指しているのかわからなかったが、蒼馬も「久しぶり。」とだけ、素っ気なく返した。


 航は、燈と蒼馬が会ったことを知っているのだろうか。いや、二人で会う予定だった所に蒼馬の名前があがるということは、燈と蒼馬が会っていたことも航は知っているのだろう。では、なぜ燈は蒼馬の名前をあげたのだろうか─?



「蒼馬、昼飯いつものフードコートでいいか?」


「あたし釜玉うどん食べる!」


航が蒼馬に尋ねる隣で、燈が早くもメニューを決めていた。その姿はまるで幼い子供のように無邪気だった。


「別に構わないよ。」


昼食の場所が決まったところで、三人はモールの方へと歩き出した。




─────




「んー、うま!」



 いつものフードコート、対面には燈がお待ちかねの釜玉うどんを勢いよく啜り、至福の表情を浮かべている。


「燈はうどん好きだもんなぁ〜」


 燈の隣で同じく別のうどんを食べている航が燈を見て言う。その姿はまるで子連れの父親もしくは、無邪気な妹の面倒を見る兄といった感じだ。そこには、二人が長い時間をかけて築き上げてきた関係性が見てとれる。


 そういえばこの二人がこんな風に会話をしているのは初めて目にする。以前燈と初対面だった時は、燈がよそいきの振る舞いをしていたからだ。燈の変化の仕方はいつも驚かされる。ある時は借りてきた猫のように身を縮め、ある時は無邪気な子供のように、またある時は、大人びて艶めかしく───。



「─蒼馬ってば。」


「え、はい?」



 名前を呼ばれていたことにも気づかず物思いに耽っていた蒼馬を、燈が強い口調で呼ぶ。



「…話聞いてる?」


「いや、ごめん聞いてない。」


「だからぁ、蒼馬もうどん好きだよね?」


「…どっちかというと蕎麦派。」



「はぁー、もううどんあげない!」



 そんな、何の当たり障りない会話をしていてもどこか落ち着かないのはなぜだろうか。航の目を気にしてしまっているのか、いつものように会話ができない。



「悪い、俺ちょっとトイレ。」



自分の分を食べ終わり、二人をよそに席を外す。向かったのはトイレ─ではなく、三階にある喫煙所だった。




─────




「…ふぅ。」


 タバコに火を着け、ため息にも似た一息目を吐く。あの二人から逃げ出すように、隠れるようにやってきた喫煙所は蒼馬一人、換気扇と自動販売機のモーター音が虚しく響く。漂う煙は、まるで蒼馬を隠すかのようにゆらゆらと揺れていた。


「……帰っちまおうかな。」



 誰に言うでもなく、一人の空間でポツリと呟く。口の奥が苦い。あの二人を見ていると、どこか自分だけが置き去りにされているような感覚がした。



「─あれ、蒼馬?」



 喫煙所に誰かが入ってくる気配がしたかと思うと、聞き覚えのある声がした。出入り口の方に目を向けると、そこには燈が一人立っていた。



「未成年が隠れて煙草とは…お姉さん悲しい。」


「…誰が言ってんだよ。」



 燈が蒼馬の隣へ立ち、自分も煙草に火を着ける。傍に置かれたのは─マルボロの箱。



「あれ?銘柄も一緒じゃん。」



「……偶然だな。」



 偶然なわけがない。燈と同じ銘柄にしたのは蒼馬なのだから。



「いつから?この間は吸ってなかったじゃん。」



「…いつだっけな。」



 蒼馬の、もはや痛々しさすら感じる素っ気なさは、もはや自分でも耐えきれなくなり、とうとう顔を逸らした。



「…行動は恐ろしいくらいわかりやすいのに、言動が引くほど捻くれてる。」



「…うるさい。憶測でものを言うな。」


「白状しなよ少年。そろそろかつ丼でも出してあげようか?」



「あいにく、今さっき腹は満たされたばっかりだ。」


「…捻くれてるなぁ。」



 燈が目を伏せる。いつになく少し寂しげなその表情に、蒼馬はまんまと騙されてしまった。



「………燈が吸ってたやつを真似して買った。…一週間前くらい。」



 ついに蒼馬が根負けし、事実を白状すると、燈は顔をあげた。あげたかと思うと、何か面白いものでも見つけたかのような笑みを浮かべる。



「あたしのこと大好きじゃん?」



「たまたまだ、煙草前から吸ってみたかったけど、どれがいいのか分からなかったから真似しただけ。」


「そっかそっか、真似しただけかぁ。」


「………。」


 再び蒼馬が黙り込むと、燈がうんと伸びをして言った。


「ほら、そろそろ戻らないと航が探すよ。」


「確かにそうだな。俺、先に戻るよ。」



 そう言って蒼馬が喫煙所の出入り口の方に歩み始めると、燈が呼び止める。



「蒼馬。」


「どうした?」



蒼馬が振り返る。燈は優しいような、寂しいような、怒ってるような、よくわからない笑みを浮かべて立っていた。



「思ったことは相手に素直に伝えた方がいいよ。捻くれてても何もいいことなんてないんだから。」



「それだけ、先に行ってて。」



 蒼馬は、頷くでも反論するでもなく、喫煙所を後にした。







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