第4話 紫の一室
アーケードから少し外れた所にある。そこそこに規模の大きいカラオケ店の一室。二人は交互におもいおもいの曲を入れ、ひとしきり歌った。一時間ほど経った頃。歌い終わった
「いやー楽しい!カラオケに来たの久しぶり。」
乱れた髪を手ぐしで整えながら、満足げな燈がこちらを向いて言う。
「楽しそうでよかった。最初提案した時少し考えてたから。」
フードコートでカラオケに行くことを提案した際、一瞬だけ燈が
「だってさ、ほぼ初対面の女の子をいきなり密室に連れ込むって、勇気あるなーと思って。一瞬だけ構えちゃった。」
相変わらず優しい微笑みを浮かべながら燈が言う。言ってることがわからず少し思案した後、燈の言わんとすることに気づき蒼馬は自分の
「─ごめん!今までその…異性とこういう風に遊ぶ機会がなかったもんだから、
蒼馬が早口で弁明を述べていると、それを
「そんな何回も謝らなくていいよ。そうだろうなーって思ってたし、それに本当に嫌だったら断ってるし。」
「うん…本当すまん…。」
「だから謝らんでいいって言ってるじゃん。めんどくさいなー。」
最後のめんどくさいという言葉に、また謝ってしまいそうになったが、これ以上は本当に怒られてしまいそうだったので、何とか言葉を飲み込んだ。
「─ところでさ、さっき女の子と遊びに行ったことないって言ってたけど。」
全くないとは言ってない。訂正しようかと思ったが、ここでもまた言葉を飲み込む。
「なんで私は誘おうと思ったの?」
「─…え。」
唐突に思いもよらない質問をされてしまい、蒼馬は言葉に詰まってしまった。モゴモゴと口を閉ざす蒼馬を見て燈がさらに続ける。
「もしかして私のこと──。」
それ以上はやめてほしい。その言葉を言われてしまったら、言い逃れができない。何か言わねばと口を開こうとするが、うまく言葉が出てこない。
「──女として見てない?」
「…はい?」
ない、それはない。蒼馬が全力で否定すると、燈はおちょくるように笑った。どうにもさっきからずっと燈のペースに乗せられている。まぁもとより対抗できるとも思ってはいなかったが─。
「─俺ってさ、人見知りじゃん。」
「あたしも。」
「嘘つけ。」
「本当だよ、最初会った時なんかガチガチに緊張してたんだから。」
「それはまぁ確かに…じゃなくて。」
蒼馬はゆっくりと呼吸を整え、ひとつひとつ、ゆっくりと話し始める。
「何というか…人見知りって名乗るのは簡単だけど、これから先も人見知りっていうカードを切って、逃げ続けて…このままでいいのかなっていうか…だから、せめて─。」
「─仲良くなりたいって思った人くらいには、進めるようになりたいって、思ったんだ。」
「……そっか。」
「─じゃああたしは練習台ってわけだ?」
「そんなつもりじゃ───。」
燈の言葉を訂正しようと顔を上げた時、ふわっと立ち込める柔軟剤の香りが鼻腔をなでる。
─いつの間にか、燈が目の前に立っていた。
ソファに腰掛けたままの蒼馬を見下ろし、こちらの顔を覗き込む。自然と二人の距離が近づく。
「じゃあ、覚えなきゃだ。」
「─…なに、を。」
「人間を、だよ。蒼馬くんが怖がってる人間のこと。」
こちらを覗き込む燈の、よく手入れされた髪の先が頬にあたる。あれ、いつ髪ほどいたんだっけ─?燈の声色は、さっきまでとは少し違う、大人びた艶めかしい声になっていた。
「私は女の子で、蒼馬くんは男の子。」
「異性のことって、よくわからなくて怖いって思うかもしれないけど。どっちもただの人間。」
「目があって─。」
燈が蒼馬を見つめる。瞳に見据えられて、実はメデューサなんじゃないかと思うほど、身体が重く動かなくなる。
「手があって──。」
燈が掌を蒼馬の手に重ねる。思ったよりも小さい燈の白い手は、嘘みたいに柔らかかった。
「唇があるんだよ───。」
燈が─────。
─────
─ドリンクのストローを蒼馬の唇に差し込んだ。
「………。」
「………ふっ。」
「あっははははは!ごめん!たんま!やばいお腹痛い!」
燈が耐えきれない様子でしゃがみ込み。膝や肩はぷるぷると震えていた。
──
そう自分の頭が理解した時、蒼馬は羞恥心と軽い怒りが込み上げてきた。思いっきり目を閉じてしまった。期待してしまった。勝手に期待してしまったのはこっちだが、少し酷いのではないか─。文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。
「燈、お前ちょっと──。」
─額。額に、あまり感じたことない柔らかい感触。それは紛れもなく、燈の唇だった。
「あ…─。」
「ごめんごめん、ちょっとおちょくりすぎた。あまりにもピュアな反応だったもんだからつい。ごめん!」
床に膝立ちになったまま蒼馬に向き直ると、燈は申し訳なさそうに手を合わせた。
「いや、あの……はい。」
蒼馬が呆気にとられていると、燈はまた耐えきれずに笑いだしてしまった。たまらず蒼馬が抗議の言葉を並べると、燈は笑いを止めぬまま蒼馬を
そんな言い合いが数分続いたのち、退店十分前のコールが鳴った。
─────
フロントで会計を済ませ、二人が店の外に出る。外はそろそろ夕方に差し掛かろうかという時間だった。店内の冷房で冷やされた身体が、外の熱気に悲鳴をあげながら、蒼馬は入り口の短い階段を降りる。
「蒼馬くん。」
背後から燈の声がした。振り返ると、燈も続いて階段を降り、蒼馬の横に並ぶ。
「─これは余談なんだけど。」
「さっきのストロー、あれ私のドリンクだったから。」
「………あっそ。」
─そうだったの!?と声をあげそうになってしまうのを何とか堪え、蒼馬は歩き出す。後ろから燈の笑う声がしたが、歩みを止めずに歩く。燈が蒼馬の横に再び並び、歩幅を合わせる。
「軽くアーケードぶらぶらしながら、駅まで歩こうか?」
「ん。」
二人はアーケードへの道を、ゆっくりと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます