第2話 壁の中から
ショッピングモールで
しかし、普段の疲労感だけではない高揚感のようなものを確かに感じていた。その原因が先程まで共にいた燈によるものであることは、流石に蒼馬自身も気づいていた。
四人で話している間、蒼馬の意識は完全に燈に向けられていた。普段の集まりであれば
人見知りである蒼馬にしてみれば無理もないのだ。そのうえ相手は女性。これまでの短い人生の中で異性と関わることがなかったわけではないが、同性と違ってどう接したら良いのかよくわからなくなってしまうのだ。そんな風にして十八年間を消費してきたため、これまでに彼女と言える存在ができたこともなかった。
蒼馬は仰向けになり、スマートフォンを取り出していた。液晶画面には先程交換した燈のホーム画面。アイコンは彼女を今日あの場に連れてきた
─あの二人はどういう関係なのだろうか。
ふとそんな考えが頭によぎる。バイト先で知り合ったとは言っていたが、あんな場に連れてくるくらいだ。ある程度の交流があるのは確かだろう。あの場で数時間過ごしただけでは、二人が交際をしているのかはわからなかった。
燈のホーム画面から、トークの欄をタップする。何もないまっさらなトーク画面が開かれ、早く何か入力しろよとでも言うかのようにキャレットがチカチカと点滅する。
『お疲れ!今日は楽しかった!ちょっと緊張してたけどすまんな。これからよろしくー。』
蒼馬は三分かけて
──二十分程経過しただろうか。表示されたトーク画面は相変わらずまっさらで、キャレットは呆れたように点滅を続けている。
まだ家に着いていないかも。とか、今航と一緒にいるかも。とか、そもそも社交辞令で交換しただけで、メッセージなんてしてくれるのだろうか。とか、そんな事をごちゃごちゃと考えているうちにだんだんわからなくなってしまっていた。我ながら本当に情けない。
「今日はやめよう。明日考える。」
今までの時間を一番無駄して一番楽な方法を選択しようとしたその時、短い電子音と共にまっさらだったトーク画面にふきだしが現れる。自分のではなく、向こうから──。
『今日はありがとう。緊張したけど楽しかった。これからよろ。』
どこかで見たような短い文の後にはキャラクターのスタンプ。
「俺が最初に打ったのとほぼ一緒じゃん…。」
蒼馬は、何だかもう色々馬鹿らしくなってしまい一気に力が抜けてしまった。この半時間自分は何を悩んでいたのだ。
「トーク画面開いてたから、一瞬で既読ついたんだろうな。」
そんなよくわからない心配をしながら、蒼馬は返信の文を打つ。もうなんだか今日は疲れてしまった。このまま寝てしまおうか。流石に風呂は入らないとまずいか。
「─とりあえず風呂だな。」
返信を終え、スマートフォンをベッドに放り投げ浴室へ向かった。放り投げられたスマートフォンの液晶画面には蒼馬が返信した『よろ。』の短すぎる文が表示されていた。
─────
燈と初対面を果たした日から二週間ほどが経過していた。異性一人と連絡先を交換したところで日々が劇的に変わるということはなく。蒼馬は仕事に追われる日々を過ごしていた。
あれから一度、新や航と三人で集まった。話題はもちろん前回あまりできていなかったアニメの話と──燈に対する人見知りっぷりをひどくいじられた。
燈とはあれから会っていないものの、数日に一度に何通かやりとりをしている。
この二週間で分かったのは、燈が蒼馬や航と同級生である事。航とは知り合って一年くらい経つ事。そして、二人は特に交際をしているわけではない事。
もう蒼馬もはっきりと自覚していた。燈が気になっている。一人の女性として意識している。知り合って一度しか会ってないうえに二週間という短い期間でこの結論に至ってしまうのは我ながらどうなんだと疑問は残るが、それが結論だった。
燈は、初対面時の印象からおとなしい小動物的なイメージがあったが、思っていたよりも気さくに話をしてくれて、どちらかというと面倒見のいいお姉さんのような印象に変わった。
蒼馬はその日の仕事を終え、自宅付近最寄りまでのバスに揺られていた。スマートフォンに目を通すと、通知が数件。一件目は、新からのSNSでのくだらないやりとりへの返事。もう一つは──燈だった。
『マックの新作食べた。』
短い文の後には新作のバーガーの画像。特に用事がなくともこんな当たり障りのない文が送られてくるようになったのは数日前だろうか。
『うまそう。俺も食べたい。』
こちらも何の面白みもない返信をすると、それに対する反応がすぐに返ってきた。
『おいしかったよー今度行こ。』
「今度行こう、かぁ…。」
燈からの返信を眺めながら蒼馬はなにやら物思いに
航はいい奴だった。常に笑顔で、怒っているところをほとんど見たことがない。周りに配慮もできて、物怖じせずに発言もできる。常に集まりの中心にいる。公の場に主張の激しいアニメグッズを見に纏ってくる点を除いて、航はとにかくいい奴だった。
対して蒼馬は、人見知りが激しく気持ちの浮き沈みも激しい。周りには見せないように努力しているが
─それでも。
それでも蒼馬は、やっぱり燈が気になっていた。例え航と燈の間に、第三者が相容れないほどの関係性があったとしても。
蒼馬はスマートフォンを眺めていた。表示されているのは燈とのトーク画面。先程の返信に対して、どう切り出すかを悩んでいた。
こういう時に、前に進めなくなる自分が本当に嫌いだった。他者に対して“人見知り”というせこいカードで壁を作り、その壁の中で傷つかないようにやり過ごし、壁を壊してくれる人間をただ待つだけの自分が、嫌いだった。
─何かを得たいならば、何かを捨てねばならない。
数年前に観たアニメのキャラクターが、そんな事を言ってたっけ。あれは何のアニメだったか───。
─────
『来月頭、遊び行かない?二人で。』
『うん、いいよ。』
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