第5話


 新しい装着者は、アドルさんより一回り大きい。


 わたしはアドルさん用に作られている。


 サイズの余裕は限定的だ。


 肩幅の広い、筋肉質な体つき。


 だったけど、背丈は同じだったので、なんとか体を内部に押し込めることができていた。


「なんて狭さだ、この中は、クソがっ」


 男が不満を言う。


 私は黙っていた。


 私も、中がパンパンにいっぱいになって嫌な感じ……。


「ああっ暑いな、たくっ、あのバカ男の体臭も残っていやがる」


 男は私の開いた上半身を閉じようと、腕を伸ばす。


 中から両開きになった皮膚を掴み、力づくで閉じようとしてきた。


「何だ、動かねぇぞ。閉まらねぇ」


 私は、命令されたわけでもないので、黙って見ていた。


「なんなんだよっ、クソ!」


 男は悪態付きながら、


「全部、装着し終えてからか?」


 私の頭の中に頭を入れて、私の腕の中に腕を入れてくる。


「殺す前に、少し聞いとけば良かった……おい、前を閉めろ」


 私の体を叩いてきた。


 私は、無言で開いていた皮膚を閉める。


「やったぜ、成功だ!」


 男が歩き出す。


 私も、脚を男に合わせて動かした。


「なんて軽さだ、本当に鎧を着ているのか俺は!」


 男は感動して、いきなり駆け出す。


「すごい、普通に走るのより何倍も速い!」


 私達は、草原を走り回った。


「ひゃっほー! ひゃっほー!」


 男は私の中で上機嫌になって、叫びまくっている。


 しばらく走り回り、家の前へと戻ると、


「へへへ、全然疲れもしねぇ、これで俺は無敵よ」


 満足げに、誰かと戦っている想定でパンチを繰り返したりしだした。


 家の玄関に倒れているアドルさんの遺体を、私は横目でじっと見続ける。


 血の池ができてた。アドルさんは、池に顔をつけるように俯きになって倒れているから、顔が見えない……。


「おい、リビングアーマー……お前しゃべれんだろ……」


 男が、恐る恐るといった感じで話しかけてきた。


「お前の力は前に見た。巨大ゴブリンを退治していたな」


 私は黙っていた。


 こいつとは、話したくない。


 男は、不審そうにしている。


「おい、あいつが話していたのを知っている……」


 男は私の返事を待っていたが、しばらくして語りだした。


「あのゴブリンは頭が良かったよな。牛舎で待ち構えてたお前らを、囮を使って逆に奇襲攻撃、お前らは掛かっちまってたよな。奴らの金棒が振り下ろされて、お前のド頭にぶち当たった。でも、何もなかったかのようにお前はケロンとしていた。それどころかよ、たちまちのうちに剣を抜き反撃して、一匹を一撃で叩き斬った」


 この男、私とアドルさんがしたモンスター退治をどっかで見てたの?


 良く知ってる……。


「それか――」

「――もう良いですよ、そんな話」


 私は、男に言った。


「ああっ、なんだっ」


 男は私の声に、驚き、凍り付く。


 そして、


「こんな近くで、いきなり驚かせるなボケッ」


 なぜか怒ってきた。


「この声が、お前がリビングアーマーなのか?」


 私は、声を小さくして、


「そうです。私はフィーナです」

「どっから聞こえてくるんだ、たくっ、気色わりぃ」


 男がキョロキョロ首を振り、声の出所を探し出す。


「所有者の変更は、もうしてるんだろうな。前の所有者は死んだぞ」


 多少、私についての知識があるらしい。


「わかってんのか? おい、返事しろよ!」

「はいっ。所有者が死亡した時点で資格がなくなります」

「やったぜ! てめぇは俺のモンだ!」


 男は大声を上げる。


……勝利の宣言のように……。


「仕様を教えろ。この鎧に弱点なんかないんだろうな」


 私は黙っていた。


「おい、どうなんだ」

「そうですね……」


 弱点って言われてもな……。


「私の中は、どんな小さな隙間もなく外気と完全に遮断しています。内気を浄化するための魔力がなくなれば、兜を上げるなどしなければ死んでしまいます」

「……それだけか?」


 訝しそうに尋ねてくる。


「装着者が危険になると思える部分は以上しかありません。ドラゴンに噛まれても、溶岩の中に落ちても、あなたは無事ですよ」

「ははははは」


 男は満足そうに笑い、


「魔力ってのは、どうやって補充するんだ」

「体内に、魔結晶を入れてます。稼働期間は50年ほどです」

「じゃあ、その前に脱げばいいだけだ、ははははは、最強だ」


 男はもう一回、満足そうに笑い、


「よし、早速、麓の村に行くぞ」


 大きな袋と縄を持って、歩き出した。


「あの待ってください、アドルさんの遺体を埋葬したいです」

「あん? ふざけんな!」


 怒鳴って、


「そんなもん、ほっとけばいいんだよ!」


 丘を駆け下りだす。


 私は、困ってしまった。


 このままでは、アドルさんの体が腐敗していってしまう。


 誰かが処理してくれるだろうかな……。


 所有されたアーマーは、所有者の命令に必ず従う。


 そのようになっている私には、できそうもない。


 私達は麓の村へと駆け下りて行った。


 私は、何が何だかわからなくなった。


 何でこんな事をしてるの?


 何で私は、自由に動けないの?

 

 ただ、私の所有者は、この男という事。


 私は、この男のために存在しているという事だけ。


 という事だけ。


 これ以外は、ないの……。


 私は、アドルさんの弔いに、アドルさんとの思い出を振り返る。


 私が生まれて、初めて会った時。少し憂鬱だった。


 村に始めて行った時、アドルさんのお世話をしたくなった。


 ゴブリン退治した時……。ちょっとケンカした。


 アドルさんにとって、私は、何だったんだろう。


 私にとってアドルさんは、何だったんだろう。


 見殺しにした私は……。


 誰にでも所有される私は……。

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