第4話


――思い出。


 今日は洗濯物日和ね……。


 戸が開けられた窓からは、青空が広がっているのが見える。


 気持ち良い秋の涼しげな風が室内に入り込んできていた。


 アドルさんは、秋を感じる気持ちの良い日だからとテーブルに座って、ティータイム中だ。


 昨日、村長さんたちが持って来てくれた部屋の端にある2段ベット。上がアドルさんで下が私。


 その脇に、タンスの横に汚れた衣服が入ったカゴがある。


 朝ごはんの後片付けを終えたら、お布団も干しましょ。


――トントン。


 玄関の扉がノックされる。


 誰か訪問客が来た。


「なんだ……誰だろう……フィーナ、出て」


 アドルさんがカップを置いて玄関ドアを見る。


 私が、食器を洗うのに手に付いた灰を布で拭いていたら、


「ああ良いや、やっぱり僕が行くよ、フィーネは洗ってて」


 私を制止して、アドルさんが立ち上がった。


――トントン。


 扉が再びノックされる。


 何か嫌な予感がした。


「はいはい、今、出まーす」


 アドルさんが、玄関に小走りで駆けていって扉を開ける。


 私は食器洗いを再開しながらも、訪問客から目を離せなくなった。


「こんにちは」


 尋ねてきたのは人間の男、推定年齢25才。


 長い金髪を後ろで結んでいる。


 大きな袋と縄を手に持っていた。


 チラと、その男がアドルさん越しに私を見て、すぐにアドルさんに視線を戻し、


「じつは助けてほしいんだ」


 と訴えた。


「何かあったのかい?」


 アドルさんが心配そうに、尋ねる。


「実はそこで荷車から荷物を落としてしまってね。これから山を越えないといけないんだが、俺達ではなんとも……。それであんたのアーマーを思い出したんだ」

「ああ、そんな事か。ぜんぜん構わないよ」


 もう一度、男が私を見た。


「ちょっと待った。中に誰か入ってるのか? 食器を洗ってるけど……」


 アドルさんが私に振り返る。


「ああ、入ってないよ。洗ってもらってるだけ」

「勝手に動けるのか? あれ」

「いいや、所有者の許可なしじゃ動けないよ。たとえ今、火事が起こっても洗い続けてるよ、残念ながら……」


 アドルさんが目を伏せた。


 私も顔を伏せた。


「てゆうか、食器を洗わしてるのかっ? 伝説の魔道具にっ? キンルノン魔導士もびっくりだぜ」


 男が驚愕して笑いだす。


「なんか勝手にやってくれるんだよ」

「たまげたぜ、あんた」

「……というか、あなたは、どこの誰なんです。村の人じゃないですよね、旅人ですか?」


 男は石斧を振りかぶった。


 準則により、所有されたアーマーは、所有者の命令に必ず従う。


 装備品に完全な自律性を持たせるのは、キンルノン魔導士が言うのに従うのなら、意志を与えるのは、危険だから。

 

 ゆえに私は、食器を洗い続ける。昨日は、村長さん達が来てたくさん食べたから、まだ半分しか終わってない。


 男の腕が降りあげられ、振り下ろされる時、アドルさんは小さな声を一度だけ発した。


 初めの一撃ではまだ命に別条はなかった。


 すぐに助けに行けば、助けられた。


 5発目で、私が洗うのをやめれたのをみると、アドルさんはそこで絶命したのだ。


 ……所有者がいなくなってしまった……。


 もう死んでしまったアドルさんだったが、まだ、男は石斧を振るうのをやめなかった。


 男は、アドルさんを殺した。


 私は、それを止めなかった。


 ……られなかった……。


 血の付いた斧を持った男が私を見る。


 所有されていないアーマーは、視界に入った生命体の所有とならなければならない。


 火事が起こっても洗い続けてる、残念ながら……。


 アドルさんの言った通りね、私は……。


 私は、パートナーにはなれるはずなかった……。


 その生まれから……。

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