十三話 領主の娘たち
エリスは、六番目の子供として生まれた。兄姉達、といってもいずれも夭折し、無事に成長できたのはエリスただ一人だった。母は元から身体が弱かったが、領主の子供を産むという使命感で無理を重ねた結果、産まれたエリスをろくに抱くこともないまま亡くなった。
エリスはその後乳母とイズに育てられ、父は時折顔を見せるも、あまり馴染みのない人間としてエリスに認識されていた。だが、成長するに従い、父はエリスに男性と同じ教育を施すようになる。
さすがに、軍人として入隊させることはなかったが、政治経済、軍事など、男子と変わらない勉強内容だった。偉人の伝記を読み、着飾ったお人形の代わりに軍人の駒を動かしているという少女らしくない遊びをしていたが、人に打ち解けない性格から同年代の少女たちとの交流も少なく、特殊な環境に違和感を覚えることもなかった。
それにエリスは感情に任せた曖昧なものが嫌いで、過程や結果が見えるものを好んだ。社交での取り繕った会話や記憶に残ることもない無難な話をするのが苦手で、父に付いて領地の情勢を聞く方が面白かった。父はそんなエリスの性質を見て教育を施したのか、今となっては知る術もないが、エリスは自分の資質を存分に伸ばして生きてきたのであった。
「そう…エリス様の聡明さの理由がよくわかった気がします」ディーナはエリスの淡々とした話に相槌を打ちながら、楽しそうに聞いていた。(ディーナ様は話をさせるのが上手ね…いらないことまで話してしまったかも)エリスは不安を覚えながらも、ディーナの笑顔を見て少し安堵した。
「御父上はエリス様の才を見ていらっしゃったのね」「そうかもしれません。ですが、領主の妻としての技術は全くと言っていいほど身に着けておりません」父は自分が婿養子をとり、領主の仕事を引き継ぐことに何の疑問もなかったのだろうと思う。それが叶わず、自分は不必要な知識を詰め込んだ至らない女としてこの地に来たのだと思うと、心が痛んだ。
「技術なんて、後からいくらでもついてくるものですよ。あなたの才は全てにおいて役立つと私は思いますわ」ディーナはエリスの表情が曇ったことに気が付いたのだろう、優しく声をかける。「そのような風に言えば、足が悪くて嫁ぐこともできず、この城に居座っている私なんてとんでもないでしょう?」
エリスは驚いてディーナを見た。ディーナの人柄の素晴らしさは、この短い時間でもよくわかる程だ。どんな場所に嫁いでも必ず喜ばれ、重宝されるだろう。(生まれつき足が悪いという一点だけで、ディーナ様は一生この城に閉じ込められるというの?)ディーナの優しい口調で飛び出た自虐は、エリスの胸に刺さるようだった。
ディーナの表情は変わらないが、瞳の奥には諦観のようなものを感じた。「…ごめんなさい、困らせてしまったわね。貴女は自分を卑下しなくていいのよって、伝えたかったの」ディーナはエリスの肩に触れる。
「私は貴女が来てくださって本当に嬉しいわ。心から、そう思っていますよ」「…はい」エリスの中で色んな気持ちが混ざり合って、ディーナの姿が滲んで見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます