十二話 子女の仕事

「エリス様、お待ちしていましたよ」ディーナが微笑み、座っていた女性と子供たちが一斉にこちらを見た。城から少し離れた場所にある建物は領民たちの冬の住居で、家族ごとに部屋に分かれて住み、昼間は集まって仕事をするのだとルドルフが教えてくれた。


 広間には色とりどりの布が広がり、地べたに領民の女性たちが座りながら作業をし、子供たちは空いている場所で遊んだり走り回ったりしている。子供と触れ合う機会が少ないので、エリスはその賑やかさに面食らってしまった。


「皆さん、エリス様が困ってしまうので静かにしましょうね」ディーナが言うと、走り回っていた子供達はさっと自分の母親の横に戻ってきた。「この前皆さんにお話ししていた、パリョータからいらっしゃった領主殿の婚約者です」「ええと…エリス=リグランタと申します」


 領民の女性たちと子供たちは好奇心に満ちた瞳でエリスを見ている。敵視されることは慣れているが、こういう純粋な好奇心の目線はほとんどなく、エリスはなんだかそわそわしてしまう。


「ここは、皆さんでお仕事をされている場所なのでしょうか?」「そうです。男性は外で薪割や狩りなどの力仕事をして、女性は縫物をしたり、保存食を作ったりしますね」とディーナは針と布を見せる。


 領民の女性たちはお喋りをしつつ手を器用に動かしながら縫物をしている。子供は自由に遊びまわり、外の寒さと対称的な熱気に包まれている。「エリス様、どうぞこちらへ」ディーナの横の椅子に腰かける。「針仕事はお得意ですか?」「いえ…基本的なことくらいです。裁縫は不得手で…」


 貴族の子女は、縫物などの技術を覚え、使用人たちに指導するのも仕事である。だがリグランタ家の場合、早くに母が亡くなり、父のリーゴも後妻を迎えなかったので、その仕事は継承されることなく、雇われた裁縫師や親類の女性達に一任していた。


 エリスは最低限のことはイズに習ったものの、実践する機会はほぼないといってよかった。嫁ぐことになるとは考えてもいなかったので、婚姻が決まってから、領主の仕事の合間に付け焼刃で覚えなおしたのである。


「これは、端切れを縫い合わせています。一つ一つは小さなものですが、最後に貼り合わせると絵が出来上がるのですよ」「布が、絵になるのですか?」完成図の予想がつかないエリスにディーナは広間の隅を指さす。


 そこにあったのは、雪原に立つ牡鹿の絵だった。様々な色や素材が混じりあうことで、絵は独特の存在感を放ち、額に入れれば名画にも劣らないものだろう。「すごい、初めて見るわ…綺麗です」「裁縫で不要になった端切れがこんなに素晴らしい絵になるなんて、不思議でしょう?」


 ディーナは端切れと針と糸をエリスに手渡す。「基本的なことを学んでいるだけでも充分できますよ。楽しく作りましょうね」(私が裁縫苦手なのをご存じだったのかしら)エリスはディーナの気遣いが嬉しくもあり、自分の至らなさが恥ずかしくもあった。


 始めてみると、裁縫は無心になれる。最初はディーナに手取り足取り教わっていたエリスだったが、慣れると面白いと思うようになってきた。ディーナは集中しているエリスを穏やかに見つめながら自らも手を動かしていたが、エリスが端切れを繋ぎ合わせた頃を見計らって声をかけた。「エリス様のことを聞いてもいいかしら?」


「私のことですか?」「ええ。パリョータの使者から凡そのことは伝わっていますが、エリス様の言葉でぜひお聞きしたいわ」正直なところ、エリスは自らのことを話すのが好きではない。そこから話に尾ひれがついてしまい、面倒なことになるし、自分の心の内を知られることに抵抗がある。弱みを握られれば、あっという間にすべてが崩れ去る、と父に繰り返し言い含められていたこともあった。


(でも、もう私は領主になる人間ではなくなった)エリスは言葉を選びながら、少しずつ話し始めた。

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